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夫から三十年も放置されましたので、お飾りの妻は平気です~今さら愛されても困ります~  作者: 春乃りぜ
第三章 愛の行方

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91 自らの手で

ダイアンという名前に、マデリーンは真っ先にある人物を思い浮かべた。



―――ルバーニ王国最大級の犯罪者ギルドの長、ダイアン・ロペス。

第三地区を始めとした治安の悪い貧民街を牛耳っている裏社会の帝王であり、王家ですら長年捕まえることができなかった相手。



「ダイアンが、ソフィアと関わりがあると?」

「詳しくは私にも……ですが、その名がもしもあのダイアンだとしたらって思うと恐ろしくて……」



手紙に書かれた名前を見た彼女はソフィアの専属侍女から外れ、彼女から距離を置くようになったという。



ダイアンはかなりの権力を持つ組織のリーダーだ。

そんな彼であれば、関わることで得られるメリットも大きい。

もし、ソフィアがダイアンと関わりがあるのだとすれば―――



かなり面倒だった。

悪知恵の働く彼は、絶対に証拠を残さない。

もし捕まりそうになったとしても、身代わりを用意して罪を被せようとするだろう。



「どうしたものかしら……」

「陛下……」



(犯人を特定することができれば……陛下に盛られた毒の解毒剤も手に入れられると思ったのに……)



マデリーンの予想は外れた。

この一件、どうやらかなり深い闇が隠されているようだ。



仮にソフィアが黒幕だったとして、王族を毒殺など彼女一人でできるようなことではない。

明らかに、誰か協力者がいる。ダイアンがその協力者……と考えるのが自然だろう。



「良いことを聞けたわ……ありがとう」

「陛下……大丈夫ですか?」



侍女たちからの調査を終えたマデリーンは、逆に悩みが増えてしまった。

後宮から王妃宮へ帰る途中、彼女は近衛騎士団長に遭遇した。



「陛下」

「ゲッ」



面倒な人と出くわしたことで心の声が漏れ、騎士団長が顔をしかめた。



「私を捕まえに来たの?」

「いえ、そういうわけではありません。ケーキから毒は検出されませんでしたので、陛下は容疑者から外れました」

「そう、それはよかったわ」



ケーキにもワインにも毒は盛られていなかった。

騎士団長はマデリーンの目の前まで来ると、深く頭を下げた。



「……疑ってしまい、申し訳ございません。陛下」

「……団長」



彼が自身を気に入らないこと、マデリーンはよく知っていた。

しかし、彼はきちんと非を認め、謝罪ができる人だった。その点で言えば、前世の自分よりも人として優れているだろう。



「まぁ……あの状況だと私が一番怪しいから仕方がないわね」

「陛下……」



マデリーンは彼を責めることなく、受け入れた。

騎士団長は贖罪として、陛下が目覚めるまでマデリーンを守り抜くと言った。



「毒はどうやら……陛下の使ったフォークに塗られていたようです」

「フォークに……ということは、食器類を用意した使用人たちが怪しいわね」

「ええ、疑わしき者を尋問しているところです」



いくら使用人たちを尋問したところで、きっとダイアンやソフィアには繋がらないのではないだろうか。

王族に毒を盛るのだから、細かいところまで徹底していると考えたほうがいいだろう。



「陛下は、今も目覚めていないのよね?」

「ええ……容態は不安定、意識も失ったままです」



ヴィルヘルムが意識を取り戻していないという今の状況が、マデリーンにとって何よりも苦しかった。

こんな感情を抱くだなんて、実は自分でも驚いていた。



(私は……陛下が死ぬことを恐れているというの?)



あれだけ突き放しておいて、いざ目の前からいなくなられると寂しいだなんて、なんて都合がいいのだろう。



「ねぇ、騎士団長……」

「どうかなさいました?」



マデリーンの呼びかけに、騎士団長が反応した。



「私、第三地区に行きたいんだけど」

「死にますよ、陛下」

「あら、やっぱり?」



予想通りの返答に、マデリーンは驚きもしなかった。

第三地区はルバーニ王国でもトップクラスに治安の悪い街だった。



「なぜ急に第三地区に行きたいなどとおっしゃったのですか?」

「実は、さっき聞いた話なんだけどね……」



マデリーンは後宮の侍女から得た情報を、騎士団長に全て話した。

彼なら、何か知っていることがあるかもしれない。



「側妃様とダイアン・ロペスに繋がりが?」

「当然、信じられないでしょうね……」

「いえ……おそらくその手紙の主はダイアン本人で間違いないかと思われます」



騎士団長は疑うことなく、言い放った。

どうしてそんなにハッキリ言えるのか――というマデリーンに、彼は説明を加えた。



「蛇の紋章が刻まれていたと言いましたよね?あれはあの男が率いる犯罪組織のメンバーにのみ与えられる特別な証なんです。組織の人間なら全員、身体のどこかに蛇のタトゥーが刻まれているんですよ」

「と、いうことはあの紋章は……」

「えぇ、ソフィア側妃はダイアンと繋がっていると見て良さそうです」



ソフィアと裏社会の関わりが紐付けられたそのとき、遠くから近衛騎士が慌てた様子でやってきた。



「団長!一人の侍女が陛下のフォークに毒を塗ったと証言しました!」

「何だと!?」



なんと、侍女がヴィルヘルムを毒殺しようとしたことを認めたというのだ。



「すぐに毒の種類を聞いてちょうだい!そこから解毒剤を作るのよ!」

「はい、陛下!」



その後、侍女の証言により即座に解毒剤が作られた。

すぐに王宮の医師が出来上がった解毒剤を彼に飲ませた。

結果、ヴィルヘルムは毒に冒された状態から何とか、一命を取り留めたのだった。



しかし、当然彼の容態が安定したことで全てが終わったわけではない。



ヴィルヘルムの毒殺を仕組んだ犯人が未だ野放しになっているのだ。

彼の妻として……いや、王妃として当然放っておくことはできなかった。

近衛騎士にソフィアの監視をさせてはいるが、毒殺事件が起きた直後であるせいか、彼女は何の動きも見せなかった。



ただじっとしているだけでは、何も解決することができない。

マデリーンは自ら動くことを決めた。



彼女は部屋に近衛騎士団長、そして副団長の二人を呼んで話をしていた。



「―――ダイアン・ロペスが率いるギルドを摘発しようと思っているわ」

「へ、陛下……」



それは、ソフィアを含めバックに付いている組織の壊滅だった。

長い間、王家ですらむやみに手を出すことができなかったギルドを摘発する。当然、一筋縄ではいかないだろう。しかし、彼女は本気だった。



ヴィルヘルムがまだ完全に目覚めてない今、全ての決定権はマデリーンにある。



「たとえあの男がこの世のどこに潜んでいたとしても……必ず捕まえるわ」



マデリーンは既にダイアンがリーダーを務めるギルドについての調査を済ませていた。

彼らは貧民街を仕切り、ありとあらゆる悪事に手を染めていた。一般人を誘拐して身代金を要求したり、違法薬物の売買をしていたり、殺人にまで手を染めていた。



「……陛下のためだけじゃないのよ」



ダイアンたち一味は王家の目が届かないところで、あの街の人間を恐怖で支配していた。

ヴィルヘルムとマデリーンが王と王妃になって、まだ一年半。

先代の王の怠慢と暴政のせいで、多くのルバーニ王国民たちが苦しんだ。



ヴィルヘルムの治世になってからはマシになったが、まだまだ貧困にあえぐ者たちは多い。



「―――あの街からアイツらが消えれば、きっと第三地区も変わる」



長年スラムと化していたあの街を、マデリーンは自身の手で変えたかった。




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