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夫から三十年も放置されましたので、お飾りの妻は平気です~今さら愛されても困ります~  作者: 春乃りぜ
第三章 愛の行方

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89 マスカットのケーキ

「―――陛下、息子が贈ったピアスをまだ着けていらしていると聞きました」

「………叔父上」



突然声をかけられ、ヴィルヘルムは驚いた。

自分を良く思っていないとわかっていたからだろうか。

今日は親友から貰ったピアスを着けていなかったが、どうやらカルロスから伝えられていたようだ。



「……ええ、そうです。リチャードが贈ってくれたものは今でも全て大切にしています」

「……そうですか、息子もきっと、天国で喜んでいるでしょう」



僅かだが、レスティンブルク大公の表情が柔らかくなった。

彼にとっては、ヴィルヘルムも家族であることに変わりはなかった。



公爵夫人ほど可愛がっていたわけではないが、若き頃には一緒に剣の練習をしたこともある。

あの頃を思うと、とても懐かしい気持ちになった。



リチャードが亡くなったことは、彼も今でも受け入れられていない。



「……叔父上の息子は、とても素晴らしい方でした」

「ええ、もちろんです。私は誰よりもそのことをわかっています」



大公は悲しそうに言葉を返した。

微妙だった雰囲気が、ほんの少しだけ和らいだような気がした。





***




和気あいあいとした空気のまま、晩餐会は終盤に差し掛かった。

食事が終わり、最後にはデザートの時間となる。



ルバーニ王家の晩餐会では、毎回王妃が最後のデザートを用意する決まりがあった。

前回も、そしてその前も、マデリーンは特別なスイーツを招待客たちのために準備していた。当然、今回もきちんと用意している。



空いた料理の皿が下げられると、マデリーンが口を開いた。



「―――本日は遠路はるばるお越しいただきありがとうございました。私から皆様に、お礼として特製のケーキをご用意いたしました」

「あら……」



マデリーンはデザートを運ぶよう、侍女に命じた。

しばらくして運ばれてきたのは、スポンジにホイップクリームとマスカットの乗ったホールケーキだった。

大皿に乗せられたケーキが、長いテーブルの中央に置かれた。



「王妃宮の料理長が作ったマスカットのムースケーキですわ。皆さんに召しあがっていただきたくて、ご用意させていただきました」

「まぁ、とっても美味しそうですね」



甘いものに目のない公爵夫人は顔を綻ばせた。

マデリーンはある程度ケーキの説明をしたあと、椅子から立ち上がった。



「それでは……皆様への敬意を表して、私が自ら取り分けさせていただきます」



王妃の手で取り分けるのもまた、毎回必ず行っていることだった。

マデリーンだけではない、先代の王妃も、そのまた前の王妃も同じようにしていたと聞く。



マデリーンはナイフを使ってホールケーキを七等分にカットし、皿に取り分けた。

そして、一人一人配っていく。



―――最後の最後、ヴィルヘルムの前に皿が置かれた。



ヴィルヘルムと目を合わせ、マデリーンはすぐに逸らした。



「ありがとうございます、陛下」

「いえ」



全員の前にケーキが置かれ、それぞれがフォークを手に食べ始めた。

最初に口に運んだのは、公爵夫人だった。



「まぁ、とっても美味しいですわ!」

「お褒めいただき光栄です」



口に合ったようでよかった。

料理長の腕を疑っていたわけではないが、少し心配していたマデリーンはホッと胸を撫でおろした。

カルロスや大公夫妻、公爵もそれぞれ手を付けた。



「マスカットがスポンジとよく合っています」

「甘すぎなくてちょうどいいですね」



次々と聞こえてくる称賛の言葉に、マデリーンは嬉しそうに言葉を返した。

こんなに喜んでもらえるのなら、入念に準備した甲斐があった。



―――そんな中、異変が起きた。



「ウッ……」

「…………陛下?」



突然すぐ横からうめき声が聞こえ、全員が食べる手を止めた。

マスカットが喉に詰まったのかな?軽く考えていたマデリーンは、ヴィルヘルムの様子を確認して固まった。



「―――コホッ」

「……」



――――直後、マデリーンの視界に広がったのは、真っ赤な鮮血だった。

ヴィルヘルムの持っていたフォークが手から離れ、ガシャンッと音を立てて床に落ちた。



今この場にいる全員が目の前の光景を信じられず、ただ呆然としていた。



「え……」

「ウッ……」



口から血を吐いたヴィルヘルムは、そのまま前のめりに倒れ込んだ。

マデリーンは慌てて倒れる彼の身体を受け止めた。

しかし、女性一人では体格のいい彼を受け止めきることはできず、彼女も一緒に倒れ込んでしまう。



「へ、陛下――――!」

「マ……マデリー……」



ヴィルヘルムはマデリーンの腕の中で、意識を失った。

彼女は彼の身体を揺さぶり、必死の思いで呼びかけた。



「ど、どうして……陛下……!しっかりしてください……!」



どれだけ声をかけようとも、何も反応がない。

彼がこのままこの世からいなくなってしまうのだろうか。そんな不安で胸が押しつぶされそうになった。



――そのとき、マデリーンの首筋にヒヤリとした何かが当てられた。



「ッ……」



それは、長剣の刃だった。

明らかに殺意を持って、彼女の首に突きつけられている。

マデリーンは恐怖と絶望から、動くことができなかった。



そんな彼女に、剣を向ける近衛騎士は淡々と言い放った。



「―――王妃陛下、あなたを国王陛下毒殺未遂で拘束します」




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