88 晩餐会
翌日、マデリーンは侍女と共に王妃宮の薔薇園を歩いていた。
告白を受けてから、彼女はなぜかじっとしていることができなかった。
昨日の今日であるせいか、仕事にも身が入らない。
(陛下とソフィアがそういう関係だったなんて……驚きだわ)
ソフィアは結婚する前から妊娠していたのではないかという疑いを抱いていたマデリーンだったが、まさかヴィルヘルムとの子ではないうえに別の男性との交際経験があったとは驚きだ。
それも相手はレスティンブルク大公家の長男。
普通、男爵令嬢が大公家に嫁ぐことなど不可能だ。
(男爵家と大公家だなんて……ヴィルヘルムほどではないけれど、超シンデレラストーリーね)
それほどに、リチャードはソフィアを愛していたのだろう。
ただ、ソフィアのほうはおそらくリチャードを愛してはいなかった。彼女の心にいたのは、最初からヴィルヘルムだけだったのではないだろうか。
ソフィアのことを恋敵としてライバル視していたマデリーンには、そのことがよくわかる。
リチャードと交際したのも、ヴィルヘルムに近づくためだったんじゃないかな。もちろん、彼との間にも愛はあったと信じたいけれど。
(大公子の一方的な愛だったというのなら……何とも切ないわ……)
マデリーンは前世で何度も見たソフィアの息子の姿を思い浮かべた。
そういえば、黄金色の瞳をしていたっけ。黄金色の瞳は、ルバーニ王家の者にたびたび現れる色だった。レスティンブルク大公――先王の弟がまさに同じ色。
そのため、ヴィルヘルムと違う瞳の色でも誰も変に思う者はいなかった。
ヴィルヘルムとソフィアが深く愛し合っていると思っていたマデリーンからすれば、全てが衝撃的だった。
何が本当で、何が嘘なのか。目に見えるものだけが真実ではない、人々の噂だけが真実ではない。
真っ赤な薔薇に手を添えるマデリーンに、侍女が声をかけた。
「陛下の愛が込められた薔薇園……まさに今のマデリーン陛下にピッタリですね」
「そうかしら……」
愛って何なんだろう。
ヴィルヘルムとソフィア、そしてリチャードの複雑な関係に、マデリーンは愛というものが何かわからなくなっていた。
***
数日後、ルバーニ王家の一族を集めた晩餐会が開かれる日となった。
「王妃陛下、とってもお似合いですよ」
「陛下からドレスが贈られるとは、想像していなかったわ……」
マデリーンは金の刺繍が施された上品なドレスに身を包んでいた。頭には、王妃の地位を表す赤い宝冠。
なんと、ヴィルヘルムからのプレゼントだった。
今日の夜に開かれる晩餐会は、ただの夕食ではない。
ルバーニ王家の血を引く者―――つまり、王族たちが一堂に会する特別な集まりだった。
ヴィルヘルムにマデリーン、レスティンブルク大公一家、そしてかなり前に嫁いだ王妹殿下の一家まで。
ヴィルヘルムにとって親戚と呼べる者たちが揃い、夕食を共にする大切な会だった。
そのせいか、朝から王宮内が慌ただしい。まるで隣国の貴賓を迎え入れるかのように、全員が忙しなく動いている。
(まぁ、仕方ないわよね。王妹殿下の嫁ぎ先は隣国の公爵家だし……レスティンブルク大公家だって、この国で最高峰の家門よ)
そのせいでマデリーンもまた、緊張を抑えきれなかった。
「陛下、国王陛下がお迎えに来られていますよ」
「陛下が?」
いつもならそれぞれ外へ出て客人をお出迎えするところだが、今日は二人揃って対応するつもりのようだ。
マデリーンは彼の意図を察し、ヴィルヘルムを出迎えた。偶然かそれとも用意していたのか、ヴィルヘルムの今日の衣装には金の刺繍が施されていた。
「陛下、ご機嫌よう」
「マデリーン……」
マデリーンを前に、ヴィルヘルムは固まった。
まるで女神や妖精でも見たかのような反応だ。
「マデリーン、惚れ直した」
「人前でやめろ」
その瞬間、侍女たちの間で小さな笑いが起きた。
いつからそんなキャラになったのだろうか。回帰してからというもの、彼の意外な一面を知ってばかりだ。
「さぁ、行こうか。叔父上と叔母上たちが待っている」
「今日はレスティンブルク大公子もいますしね」
「……」
レスティンブルク大公子の名に明らかに不機嫌になり、マデリーンはしまったと口を噤んだ。
兄は親友だったが、弟のことはなぜか敵視しているようだ。
当然、それがマデリーンに関係していることを、彼女は知らなかった。
***
「―――まぁ、この牛肉はとっても美味しいですわね」
「そちらは王宮の料理長が作ったんですのよ、公爵夫人」
本宮の晩餐室では、長いテーブルの上座にマデリーンとヴィルヘルムが横並びで座っていた。
その右横にはレスティンブルク大公夫妻とカルロス、左横にはヴィルヘルムの叔母、そして夫の公爵がそれぞれ席に着いている。
去年までは大公夫人の隣に長男リチャードが座っていたが、今はカルロスがその席に座っていた。
大好きだった兄が亡くなったことを未だに引きずっていた彼は、一瞬だけ座ることを躊躇したように見えた。
「陛下ったら、センスがとっても良いんですのね」
「まぁ、ありがとうございます」
マデリーンが今話していたのは、叔母である公爵夫人だった。
先王、そして大公の妹である彼女は、愛想が良く若々しい女性だった。髪は黒だが、ヴィルヘルムや大公とはあまり似ていなかった。内面も、性格も。
「王妃陛下はとても聡明だと聞いております。私の住む国にまで陛下の評判が届いているんですのよ」
「いえいえ、そのようなことはありません。ですが、夫人にそう言っていただけるなんて嬉しいですね」
公爵夫人は明るい人で、彼女のおかげでマデリーンの緊張はあっという間に解されていった。
夫人は昔から社交的で、結婚前は社交界の華として中心にいたそうだ。他人とあまり関わりを持ってこなかった前世のマデリーンとは正反対だった。
「ヴィルヘルムも、素敵な女性を嫁にもらえて幸せでしょう」
「ええ、もちろんです」
ヴィルヘルムは迷うことなく頷いた。
国王である彼を呼び捨てにできる人間は、そう多くはない。
先王とは母親違いの妹だそうだが、彼女は幼少の頃からヴィルヘルムを可愛がっていたと聞いた。
先代王妃のせいで女性が苦手だと言っていた彼も、唯一父方の叔母にだけは心を許していたのかもしれない。
明るく会話に花を咲かせるマデリーンたちとは違って、ヴィルヘルムとレスティンブルク一家の間には微妙な空気が流れていた。
そのような雰囲気になる理由として、真っ先に挙げられるのはソフィアだった。
大公夫妻は大切な長男のリチャードがソフィアと交際していたことを知っている。
彼がヴィルヘルムと親しくしていたことも。
しかし、そんな大切な親友の恋人とヴィルヘルムは結婚し、子供まで作った。
浮気だったとしてもそうでなくとも、大公夫妻からすれば複雑なのだろう。
その疑惑に対して、ヴィルヘルムは事実ではないにもかかわらず、あえて何も言わなかった。
ソフィアが大公家の人間にリチャードとの子供の存在を知られたくないと願ったせいだった。
面倒な親権争いも避けたいし、彼一人が嫌われることで全てが丸く収まるなら安いものだった。
「……陛下」
そんな中、レスティンブルク大公はヴィルヘルムを見つめながら口を開いた―――
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