84 側妃の過去①
「―――陛下が王妃と夕食を共にしたですって?」
「ええ、そのようです、側妃様」
侍女からヴィルヘルムとマデリーンに関する報告を受けたソフィアは、手に持っていたティーカップを床に叩きつけた。
キャーという悲鳴が侍女たちから上がり、ティーカップは粉々になった。
「あの女……ヴィルヘルムにいつまでもしがみつくだなんて……」
ソフィアの中で、マデリーンに対する激しい嫉妬心と憎悪が広がった。
「ヴィルヘルムに近づくために、あの男を利用したっていうのに何の意味もないじゃない……」
彼女の呟きに、部屋にいた侍女たちは意味がわからず首をかしげた。
***
ソフィア・シェルドンは、見た目が美しいだけで今まで幾度となくチヤホヤされてきた。
平民上がりの男爵令嬢で、学もなければ、特別何かにおいて優秀だったわけでもない。
そんな彼女を今の地位まで成り上がらせたのは、まさに生まれ持った美貌だった。
ソフィアの母親はシェルドン男爵家で侍女として働いていたときに、父親に手を出されて彼女を身籠った。
母の美しさは近所でも話題になるほどで、貴族令嬢の中にもあれほどの美貌を持った人はなかなかいなかった。
きっかけは、父に一目惚れされたことだった。
当時父には妻子がいたが、そんなものお構いなしに彼は母と関係を持った。
そうして生まれたのが、ソフィアだった。
ソフィアもまた、母親譲りの類稀なる美貌を持っていた。そのおかげか、彼女は周囲の人間から大変可愛がられていた。
母と二人、市井で暮らしていたソフィアだったが、近隣住民は愛らしい彼女をまるで我が子のように扱った。
そして、同年代の男子たちもまた、彼女を他の女子よりも優遇していた。まるで召使いのように傍に侍り、彼女の願いなら何でも聞き入れる。
ソフィアもそのことを当然だと感じ、特に不思議だとは思わなかった。
そんな彼女が、初めて本気で恋をしたのがまさにヴィルヘルムだった。
他の誰よりも美しい容姿、王太子という高い地位――その全てが、彼女を夢中にさせた。
こんなにも素敵な人が、この世に存在したのか。
初めて見たときはずいぶんと驚いたものだ。
まるで時間が止まったかのように、その場から動けなくなった。退屈に感じていた世界が、途端に色づいたようだった。
そのとき、ソフィアは何が何でも彼を手に入れてみせると心に誓った。
それからすぐに、彼女はヴィルヘルムへの猛アプローチを始めたのだった。
―――しかし、彼女の計画は上手くいかなかった。
ソフィアは男爵令嬢であり、そもそも王族と関わることがほとんどない。
シェルドン男爵も王家に近しい立場ではないため、王宮へ登城することすら滅多になかった。
そのため、王宮や貴族家で開かれるパーティーでしかヴィルヘルムと会う機会はなかった。
彼女は高鳴る胸を抑え、初めて自分から彼に声をかけた。
「あの……私たち、以前お会いしたことありますよね?」
「……失礼だが、誰だ?覚えていないな」
ヴィルヘルムはそれだけ返すと、興味のなさそうにソフィアの元を去って行った。
その日の帰り、ソフィアはショックで何も喉を通らなかった。
初めて異性に相手にされなかった。その相手が愛するヴィルヘルムだという悔しさ。
彼女は食事を何日も拒否し、体重も数キロは落ちた。
次の舞踏会の日が来るまで、そんな辛い状況は続いた。
しかし、次にやってきたパーティーでも何一つ変わらなかった。
ソフィアはヴィルヘルムに近づくこともできなかった。
彼は今まで彼女が出会った男たちとは違い、ガードが固かった。
加えて異性人気の高い彼は、ソフィアでは到底敵わないような高位貴族の令嬢たちから熱烈な好意を寄せられていた。
彼女たちは地位が高いだけでなく、見た目も美しい。彼女たちと比べると、自分はとてもちっぽけな存在のように思えてしまう。
その中でも、マデリーン・セヴェランス公爵令嬢は最大の敵だった。
「殿下、今度私と一緒にお茶でもしませんか!」
「……忙しいんだ、そのような時間は取れない」
いつもヴィルヘルムに軽くあしらわれている彼女だが、彼への愛は他の誰よりも強かった。
王家に次ぐ公爵家という地位を持ち、見た目や教養も他の令嬢たちに比べて頭一つ飛び抜けていた。
性格は最悪だが、王妃の器を持っていることから、彼女は婚約者最有力候補とまで言われていた。
ソフィアはそんなマデリーンを憐れんでいた。
あそこまで嫌悪されているというのに、よくも堂々とアタックできるなと。
ソフィアは釣り合わないとわかっていながらも、ヴィルヘルムを諦めることができずにいた。
そんな彼女は、ある日のパーティーでたまたま外へ出たとき、庭で佇むヴィルヘルムの姿を偶然見つけた。
周囲に彼を慕う令嬢たちはいない。
チャンスだと感じ、話しかけようとしたが、傍に人影があるのに気付いて慌てて足を止めた。
(………誰かしら?)
ヴィルヘルムは他人を寄せ付けない孤高な人だった。
そんな彼が、二人きりで時間を共にするほど仲の良い人物がいたのか。
ソフィアは物陰からじっと、様子を窺った。
しばらくすると、その人物が口を開いた。
「―――相変わらずとんでもない人気だな、ヴィルヘルム」
王太子相手だとは思えないほど、軽い口調。
しかし、ヴィルヘルムは咎めることもせず、淡々と言葉を返した。
「……愛してもいない女から好かれたところで、嬉しくないさ」
その発言に軽く笑いながら、彼はヴィルヘルムの肩に手を触れた。
慣れているようなその手つきに、ソフィアは違和感を抱いた。
それと同時に、彼が振り返った。
(あれ……あの人って……)
見覚えのある顔に、ソフィアはあ然としていた。
社交界にいる人間なら、彼のことを知らない人はまずいない。当然、貴族になって日の浅いソフィアも何度か見たことがあった。
(もしかして……リチャード・レスティンブルク大公子!?)
読んでくださってありがとうございます!
ブクマ、いいね、評価などしていただけたら励みになります!




