82 移り行く気持ち
それから数週間が経ち、マデリーンは空き家を正式に買い取った。
あの家と土地が、まるまるマデリーンのものになったのである。
「王妃陛下、ようやくですね!」
「ええ、国王陛下の力がなかったら、ここまですんなりとはいかなかったわ」
その点で言えば、ヴィルヘルムには感謝してもしきれない。
「お土産を渡したけれど……他にも何かあげたほうがいいかしら?」
「あげるより……陛下との夕食に参加してはいかがですか?」
「夕食……?」
思わぬ侍女の提案に、マデリーンは驚いて振り向いた。
「ええ、贈り物よりも陛下と過ごす時間を増やしたほうが……きっと国王陛下もお喜びになられるかと」
「………そう、かしら」
マデリーンは知らないフリをしたが、本当は誰よりもわかっていた。
ヴィルヘルムには、既に二度愛していると告げられている。
そんな状態で、気付いていないフリなんてできるはずがなかった。
「……まぁ、考えておくわ」
「ええ、もちろんです。国王陛下をどのように扱うのかも、王妃陛下の自由ですから」
(どのように扱うかも私の自由………か)
ヴィルヘルムを受け入れようが、拒絶しようが、マデリーンの自由。
きっと彼は彼女の気持ちを強要なんてしないだろう。
マデリーンは少しだけ考えてみた。
―――もし、私がヴィルヘルムの気持ちを受け入れたとしたら?
幸せになれるだろうか。彼と本当の夫婦になり、彼の血を引いた子を産む。
そこまで考え、マデリーンは慌てて首を横に振った。
(私ったら、何を言っているの……ソフィアの存在がある以上、私たちが一緒になるわけにはいかないわ)
たとえヴィルヘルムがマデリーンを愛していたとしても、彼はソフィアとの間に子供を作っている。
もしマデリーンに子ができたとしたら、二人が産んだ子による王位争いは避けられないだろう。
生まれた大切な我が子がそのような目に遭うとわかっていて、そんな選択を取ることなどできない。
マデリーンは考えるのをやめた。
「……だけど、そうね。お礼として、今日の夕食くらいには顔を出してあげてもいいわ」
「それは本当ですか?陛下」
侍女は嬉しそうに微笑んだ。
夫婦になるかはともかく、夕食くらいには参加してもいいだろう。
マデリーンは今日の夕食に本宮を訪れることを侍女を介してヴィルヘルムに伝えた。
当然、ヴィルヘルムは大変喜び、信じられないくらいのスピードで残っていた執務を終わらせたという。
***
夕食後、マデリーンはコンサード領にいる部下たちに空き家の設備を整えるよう依頼した。
そして彼女は、施設内におけるルールを細かく定めていた。
「規則はお酒を飲まないことと、博打をしないこと……」
「喫煙も禁止にしましょう。規則正しく生活させないと」
「そうね、それも追加」
マデリーンは大きめの紙に自身で決めた規則を並べて書いていた。
もちろん、彼らを無料で住まわせるというわけではない。月にいくらかの寮費を支払ってもらう。
その費用の制定など、ルールは十以上に及んだ。
(私の創り上げた場所から、一人でも社会復帰できたらとっても嬉しいわ)
どうか上手くいきますように――とマデリーンは願いを込めて、夜遅くまで準備を続けた。
「陛下、ロベルタ伯爵から連絡がありまして……人材を確保できたそうです」
「あら、本当?ありがたいわ」
職員の配置も問題なく進み、マデリーンはようやく一息つくことができた。
今日は遅くまで働いたことだし、もう寝てもいいだろう。
ベッドメイクをしていた侍女が、楽しそうにマデリーンに話しかけた。
「もし完成したら、国王陛下を招待しないといけませんね」
「陛下が……そういう場所に来るかしら?」
来ないだろうと思っていたマデリーンとは違って、侍女は確信していた。
確信していたのは彼女だけではなく、他の侍女たちも同じだった。マデリーンは未だ、ヴィルヘルムの愛の重さに気付いていない。
彼女のためなら何でもすることは、誰から見ても明白である。
「―――ええ、間違いなく訪れるでしょう。他でもない、マデリーン陛下がいるんですもの」
「……」
事業への支援を約束してからというもの、マデリーンの中でヴィルヘルムに対する印象が変化し始めていた。
受け入れたわけではないが、以前ほどは拒絶していなかった。
「そうねぇ……なら、招待しようかな」
「陛下も喜びますよ、きっと」
寝る支度を済ませたマデリーンは、ベッドに入った。
そしてその日、彼女はヴィルヘルムの夢を見たのだった―――
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