81 帰還
領民たちの了承が取れたあと、マデリーンは次のステップへと進んでいた。
「ビジョンは来る前に作ってあるのよ」
マデリーンは手に持っていた一枚の紙を、レナートに手渡した。
レナートは紙の隅々にまで目を通して確認した。
「定員数は二十……生活利便性の高い場所……なら、ちょうどいい物件が近くにあったはずです」
「あら、本当?助かるわ」
マデリーンが今いる場所から徒歩で五分ほど。
レナートが彼女を案内したのは、今は誰も住んでいない屋敷だった。
すぐ傍には、離れとして小さな家がある。
「こちらはいかがですか?ちょうど持ち主が売りに出していたんですよ」
「あら、いいわね。ここなら近くにお店もたくさんあるし」
優しい住民たちもいるため、良い社会経験になるのではないだろうか。
人と関わることは、何よりも大切だ。
前世で孤独だったマデリーンは、誰よりもそのことをよく知っていた。
(周囲から誰もいなくなった私は……何事においても気力がなく、生きる目的すらも見失っていた)
彼らには、マデリーンと同じような状況に陥ってほしくなかった。
「陛下、人員の確保はお済みですか?」
「ええ、ロベルタ伯爵が協力してくれることになっているの。彼が紹介してくれるわ」
「それはよかったです」
レナートは安心したように微笑んだ。
このまま順調にいけば、すぐにでもマデリーンは事業を始めることができる。
「それにしても、国王陛下が協力の意を示しているとは驚きました。こういう問題には無関心だと思っていましたのに……」
「……そうね、私もそう思っていたわ」
ヴィルヘルムは決して愚王というわけではなかった。
しかし、彼は今まであまり下々の者に関心を持ってこなかった。
(いや……平民に関心がなかったわけじゃない。ヴィルヘルム陛下は……この世の全てに無関心だったのよ)
貴族も平民も、王都も郊外も。全て、彼にとってはそれほど気にするようなことではないのだろう。
ただ、唯一の王子として生を受けたからその座に就いて役目を全うしていただけ。
「王妃陛下の熱意を感じて陛下も変わってくださったのでしょうか」
「そ、そうかしら……」
ヴィルヘルムの意図が何であれ、彼の協力を得られるのは大きかった。
「私たち王族が直接関わっているとなれば、きっと貴族たちの関心を引くことができるはずよ」
「それはそうですね。ルバーニ王国が抱える問題が解決してくれればいいのですが」
マデリーンとレナートは顔を見合わせて微笑んだ。
***
コンサード領から出たマデリーンは、およそ一週間ぶりに王宮へと戻った。
領地視察は五日目で終わったため、最後の一日はほとんど自由旅行となった。
コンサード領にある観光地やショップを回っていたせいか、やけに荷物が多い。
エマと護衛騎士の両手いっぱいに、箱や紙袋が抱えられている。もちろん、マデリーンの手にもだ。
「―――王妃陛下、おかえりなさいませ」
「ええ、ただいま」
一週間ぶりの王妃の帰宅に、使用人たちは総勢でマデリーンを出迎えた。
頭を下げる彼らの間を通っていたマデリーンは、奥にある人物が立っていたことに気が付いた。
「………………陛下?」
「マデリーン」
奥で彼女を待っていたのは、なんとヴィルヘルムだった。
どうして彼がここにいるのか。後ろにはニッコリと笑うダニエルまで。
「―――おかえり、マデリーン」
「……ええ、ただいま戻りました、陛下」
マデリーンは困惑しながらも、言葉を返した。
ここで終わると思っていた彼女だったが、ヴィルヘルムが続けて尋ねた。
「視察はどうだったんだ?」
「ええ……何事もありませんでしたよ。事業に関しても……特に問題はなく」
「そうか、それはよかった」
ヴィルヘルムは手を差し出し、マデリーンを部屋までエスコートすると言い始めた。
人の目がある以上断ることができず、彼女は素直に受け入れた。
「あの……一週間も宮を空けてしまって……迷惑をかけてしまったと思います」
「いや、別にかまわない」
重ねられた彼の手の温もりが、少し前に会った誰かを連想させた。
それだけではない、ふいに見せる優しさも―――
その瞬間、ヴィルヘルムはマデリーンの手を引き寄せ、唇を手の甲に近づけた。
「―――お前が無事でここへ帰ってきてくれたんだから、それでいい」
「……」
その瞳は、やけに澄みきっていた。
ウィリーに教えられたことが頭をよぎる。今の彼は、嘘をついていない。
(どうして……陛下は……)
突拍子もない事業を支援してくれたうえに、こんなふうに優しくするだなんて。
心が揺れそうになったマデリーンは、彼の手を引きはがした。
「……」
背を向けた彼女に、ヴィルヘルムは気分を害させてしまっただろうかと不安になった。
そんな彼に、マデリーンは振り返ることなく言った。
「……実は、今回のお礼として、陛下にお土産を買っておいたんです」
「マデリーン……」
彼女はすぐ目の前にあった部屋の扉を開けた。
「あとで、侍女から陛下の宮に贈っておきますね」
「ああ、楽しみにしているよ」
それだけ言うと、マデリーンは部屋に入って扉を閉めた。
不安げな表情から一転、ヴィルヘルムは穏やかな笑みで胸にそっと手を当てた。
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