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夫から三十年も放置されましたので、お飾りの妻は平気です~今さら愛されても困ります~  作者: 春乃りぜ
第三章 愛の行方

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78/100

78 起業

「――どうかしたんですか?ウィリー卿」

「マリー……実は俺……」



ウィリーが口を開きかけた瞬間、マデリーンのかぶっていた帽子が風で吹き飛んだ。

リボンのついたつばの広い帽子が飛ばされ、彼女の金色の髪が広がった。



「キャッ!」



マデリーンは慌てて手を伸ばすが、届かない。

今日はちょうど風が強い日だった。夏が過ぎ、もうすぐ十月に入ろうとしていた。

帽子は彼女の手からすり抜け、空高く飛んでいく。



―――ダメだと思ったそのとき、駆け出したウィリーが帽子をキャッチした。



「ありがとうございます、ウィリー卿」

「どういたしまして」



ウィリーは微笑みながら、そっとマデリーンに帽子をかぶせた。



「ところで、秘密って何だったんですか?」

「ああ……また今度話す」

「え、ど、どういう意味ですか!?どうして言わないんですか!」



マデリーンは不満げに口を尖らせたが、ウィリーはいつまで経っても答えなかった。

しつこく問い詰めようとする彼女を面白がった彼は、大きな手で頭に手を置いた。



「時が来たら……全て話すから……今はもう少しだけ待っていてくれないか」

「ウィリー卿……」



そんなふうに言われてしまえば、それ以上は詰め寄ることなどできなかった。

マデリーンは諦め、渋々王宮に帰った。




***




それから数日後、マデリーンはサロンへと赴いていた。



「王妃陛下は福祉事業に興味がおありだとか」

「ええ、その通りよ」



同年代の夫人たちを集めたサロンでの話題は、マデリーンの行っている福祉活動だった。



実は、彼女は以前からロベルタ伯爵の行う事業を貴族たちに広めたいと思っていた。

あれからマデリーンは、鑑別所などを訪れては受刑者たちとの交流をしていた。

最初はなかなか心を開かなかった彼らだが、親身になって話を聞くと、大半が家庭環境に問題があることが判明した。



生まれながらに貧困でどうしようもなかったとか、親からの虐待から逃げ出した先で犯罪組織に入ってしまったとか。抱える事情は人それぞれだが、マデリーンにはとても他人事とは思えなかった。

彼女は裕福な生まれではあったが、毒親の元で窮屈な暮らしを送っていた。

だからそんなにも、気持ちが理解できてしまうのだろうか。



「たしかに、犯罪者の再犯はルバーニ王国では大きな問題になっています。彼らが働ける場所を多く作ることによって、王都の治安も良くなるのではないでしょうか」

「わかってくれて嬉しいわ、夫人」



マデリーンはニッコリと微笑んでお茶を飲んだ。



「具体的にはどのようなことをなさっているのですか?」

「そうね、養護施設や刑務所の訪問をしているわ」

「まぁ、そんなことを……私には到底できそうにはありませんわ」



女性であれば、犯罪を犯した者たちに恐怖心を抱いてしまうのは仕方がないことかもしれない。

しかし、その差別を取り除いてマデリーンは彼らに接していた。



「すぐに差別をやめろと言うつもりはないわ……ただ、彼らの境遇をきちんとわかっていてほしいのよ。それが今の私の願い」

「王妃陛下……」



理解を示してくれる人が増えれば、再犯の割合も減るはず。

マデリーンはそう信じ、彼女たちに頼みをした。




***




サロンを終えたあと、マデリーンはヴィルヘルムの執務室へと向かっていた。

前に本宮へ来たのは、媚薬を盛られたときだった。あれからしばらくヴィルヘルムを遠ざけていたため、会うのは久しぶりだった。



執務室の前では、いつものように扉を守る騎士たちが立っていた。

彼らはマデリーンを見ると、ビクッと肩を上げた。



「お、王妃陛下!」

「陛下に用があるの、入れてちょうだい」

「はい、ただいま!」



以前のように無礼な態度を取ることもなく、マデリーンはすんなりと部屋へ入ることができた。



「………マデリーン?」

「――陛下、失礼します」



執務室では、ヴィルヘルムがダニエルと二人で仕事をしていた。



「陛下、お話したいことがあるのですが……二人になれますか?」



ヴィルヘルムはマデリーンの言葉に目を丸くすると、すぐにダニエルに出て行くよう命じた。

ダニエルが部屋を出ると、執務室にあるソファで二人は向かい合って座った。



「話とは、一体何だ?」



正面に座るヴィルヘルムは、なぜかソワソワしていた。

告白してからというもの、ウィリーとしてしかマデリーンに会っていなかったせいだろう。

彼女はそんな彼の様子を、気にしないフリをした。



「実は、数ヵ月前からロベルタ伯爵の福祉事業を手伝っているのですが……折り入って陛下に頼みがございまして」

「頼み?」



今日、マデリーンはヴィルヘルムにあるお願いをするためにここへやって来ていた。

それは、彼女がこれから始めるある事業に関連することだった。



「新しく、セヴェランス公爵家の私有地に福祉施設を建てたいと思っているんです。陛下に一時的な援助をお願いできればと思っているのですが……」

「ああ、そういうことなら問題ない。いつから始めるんだ?」

「すぐにでも……」



マデリーンは自身の行う事業についてをヴィルヘルムに事細かく説明した。



「資金はあとで必ずお返ししますので、今だけは……」

「いや……別に返さなくてもいいよ」

「え……?」



ヴィルヘルムの返答に、マデリーンは驚いた。



「……俺たちは夫婦だろう?夫として、妻のやりたいことを叶えるのは当然ではないか?」

「陛下……」



少しくらいは反対されると思っていたマデリーンだったが、彼は妻の夢を素直に応援した。



「前にも言ったけど、俺はお前を愛しているわけだし……利益のことは考えなくていい。生活に困っているわけではないんだし、やりたいことをやればいいさ」

「……ありがとうございます、陛下」



そんなに優しい言葉をかけられたのは初めてだった。

自分の努力を認められたような気がして、何だか彼女は嬉しくなった。




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