77 綺麗な瞳
子ども食堂が閉まったあと、ちょうど時間も残っていたマデリーンは、近くにある福祉施設へと向かった。
「あら、マリーさん。久しぶりですね」
「ええ、ちょっと色々あって……なかなか来れなかったんです」
施設の職員が、明るい笑顔でマデリーンを出迎えた。
彼女は回帰してからというもの、王都にある福祉施設をいくつも訪問していた。
訪問した数は三ヵ月間でおよそ十個ほど。仕事を手伝ったり、入居者たちと交流していた。
「何か手伝えることはありませんか?ちょうど時間が余ってるんです」
「いつもありがとうございます」
マデリーンは職員に頼まれて、施設内の清掃を始めた。
彼女が福祉の仕事に携わるようになって、もう三ヵ月。回帰してからも、三ヵ月となる。
前世では楽しいことなんてほとんどなかったけれど、今は違う。
大切な仲間たちに囲まれ、彼女は幸せな生活を送ることができている。
(そろそろ帰らないとね……)
三時間ほど内部の掃除をしたあと、帰る時間になったマデリーンは挨拶をして施設を出た。
馬車を探していたところ、彼女は予期せぬ人物と遭遇した。
「…………ウィリー卿?」
「……迎えに来た」
王家の馬車の代わりに彼女を待っていたのは、ウィリーだった。
(とっくに帰っていると思ったけれど……私を待っていたの?)
ウィリーはゆっくりとマデリーンに近づくと、手を差し伸べた。
エスコートでもするつもり?舞踏会でもないのに。
マデリーンは笑みを溢しながらも、その手を取った。
二人は横並びで、王都の街を歩いた。
「レスティンブルク大公子はお帰りになられましたか?」
「ああ、アイツは帰ったよ…………大公子のことがそんなに気になるのか?」
カルロスの名を出すと、ウィリーが眉をひそめた。
先ほどバチバチと火花を散らしていたせいか、彼はカルロスのことがあまり好きではないようだった。
「いえ、そういうわけではありません」
マデリーンは静かに首を横に振った。
カルロスのことはもちろん男性として素敵だとは思うけれど、特別な感情を抱いているわけではない。
ウィリーの機嫌を直そうと、彼女は話題を変えた。
「私……最近ちょっと悩んでることがあるんです」
「悩み?何だ?」
ウィリーは横を歩く彼女に尋ねた。
突然悩みを打ち明けられるとは、何だか少しだけ信頼してもらえたような気がして、彼は嬉しくなった。
「――ウィリー卿は、誰かに好かれたこととかってありますか!」
「…………あるにはある」
その瞬間、ウィリーの頭をよぎったのは、かつて熱烈なほど自分を愛していたマデリーンの姿だった。
つい数ヵ月前のことだというのに、今ではずいぶんと懐かしく感じてしまう。
同時に、あの頃の彼女が恋しくもあった。
身勝手な男だと――自分でもわかっていたが、この気持ちはそう簡単に止められるようなものではなかった。
「私はないんです……だから、誰かに好きだと言われると困惑してしまうんです」
「……」
それがまさに自分自身を指しているということ、彼は瞬時に察した。
しかし、ここはマデリーンの本音を探るチャンスではないか。そう思った彼は、彼女に尋ねた。
「……相手の好意を重荷に感じているか?」
「うーん、まぁ、感じていないと言えば嘘になりますね」
「……」
ハッキリと肯定され、ウィリーはショックを受けた。
「ただ、困惑のほうが大きいんです。絶対に自分のことを好きになるはずがないと思っていたので」
「……」
ヴィルヘルムの今までの行動を思えば、彼女がそう思うのも仕方がないだろう。
「その方の好意が、本当かどうかもわからないし……」
不安げに呟いたマデリーンに、ウィリーは咄嗟にある助言を思い付いた。
「相手の真意を見極める方法があるんだ、知りたいか?」
「……真意を、見極める?」
ウィリーは首をかしげたマデリーンに顔をグッと近付けると、自身の目を指差した。
エメラルドのように美しい、緑色の瞳が彼女を映した。
「――目を見るんだ。瞳の奥を見れば、嘘をついているかついていないかが一目瞭然だからな」
「ウィリー卿……」
彼女と目を合わせたウィリーが、ニコッと笑った。
「今のウィリー卿の目……とっても澄んでます。嘘はついていないんですね」
「当たり前だろう?」
愛する女性相手に、ウソなんてつけるわけがない。
と思ったが、姿を偽っている時点でウソをついていると言えるだろう。
いつか正体を明かさなければならないとは思っていたが、どうしても勇気が出なかった。
自身がヴィルヘルムだと知れば、きっと彼女は今まで通りに接することなどできなくなるだろう。
しかし、それでも永遠に隠し続けているのは何だか後ろめたかった。
何かを決意したかのようにウィリーは立ち止まり、彼女を振り返った。
「なぁ、マリー……実は、お前に言わなければならない秘密があるんだ」
「どうかしたんですか?ウィリー卿」
ヴィルヘルムは真っ直ぐに、マデリーンを見つめた―――
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