76 大切な彼
その後、ウィリーとカルロスはマデリーンの命により、とある場所へと移動していた。
彼らがいたのは、この間マデリーンがパンを作った製造工場の前である。
手前には、丁寧に包装されたパンやお菓子の数々。
全てその工場で働いている者たちが丹精込めて作った品物だ。
ウィリーとカルロスの二人は、予期せぬ形で販売員となっていた。
マデリーンの考えた案は、美しい二人を使って店の売上を伸ばそうというものだった。
彼女の予想は的中、類を見ない美貌を持つウィリーとカルロスに、女性たちは思わず足を止めた。
「なぜ俺たちが……」
「こんなところに……」
当の本人たちは不満タラタラだったが、既に人だかりができていた。
二人に熱のこもった視線を向けている者までいる。
「……まぁ、マリーさんのおっしゃることならば仕方がありませんね」
カルロスは諦めたように客人たちの相手を始めた。
しかし、対するウィリーの手は止まったまま。
「……卿も、さっさとやったほうがいいですよ?マリーさんに嫌われたくはないでしょう?」
「……お前」
カルロスはウィリーの手にパンを一つ握らせた。
温かくて柔らかい、袋の上からでもよくわかる。
ウィリーはマデリーンの笑顔を思い浮かべ、ようやく作業を開始した。
彼女の意に反することを、彼は絶対にできなかった。
そんなウィリーの様子を横目で見ていたカルロスは、確信したように声をかけた。
「……そのピアス、ようやく気付きました。あなた、ヴィルヘルム陛下ですよね?」
「……なぜ、俺のことを」
ウィリー――もとい、ヴィルヘルムは驚いて目を見開いた。
声も顔も全てを魔道具で変えているというのに、なぜ正体に気付いたのか。
カルロスはすぐに答え合わせをした。
「気付かないわけがないではありませんか―――その耳についているピアスは、私の兄が昔、陛下にプレゼントしたものでしょう」
「……」
予想外の点を突かれ、ヴィルヘルムは右耳につけられたピアスにそっと触れた。
太い黒色のリングピアス。それはかつて、大切な人からプレゼントされた大切なものだった。
「……兄が贈ったものを、今でも大切にしているんですね。嬉しいです、まだ兄を思ってくれている人がいて」
「……当然だろう?お前の兄は俺にとって親友なんだから……」
ヴィルヘルムとカルロスの間に、重苦しい空気が流れた。
お互いに、ちょうど同じ人物のことを考えていた。目を閉じれば、今も鮮明に思い浮かぶ大切な存在。
当たり前にすぐ傍にいた彼が突然いなくなったときのこと、今でもよく覚えている。
二人とも信じられなかったし、すぐには受け入れられなかった。
何ならカルロスに至っては、今でも兄の死を受け止めきれていなかった。
「私も同じ気持ちです。あの人は誰にでも優しくて、当時捻くれていた私をきちんと叱ってくれる存在だったんです」
「そうだったのか……」
カルロスは悲しそうな瞳で呟いた。
厳格な両親に代わり、兄はいつも自分に優しくしてくれた。
自分に比べて目立たないだの何だの言われていた兄だったが、人としては彼のほうがよっぽど優れていると――少なくともカルロスはそう思っていた。
ヴィルヘルムは落ち込んでいるカルロスを慰めるように、その肩に手を置いた。
「他の誰が忘れようとも、俺たちは永遠に覚えておこう。彼は素晴らしい人だったよ」
「ええ……そうですね」
今は亡き大切な人を思い、二人の距離が縮まった。
そんなヴィルヘルムとカルロスに、客の女性たちはとんでもない妄想をしていた。
―――もしかして、二人は本当はそういう関係なのでは……?
二人なら全然見てられるし、何ならむしろ見たい。
女性たちは二人の秘密の関係に期待し、胸を躍らせた。
「何か寒気がする、何だろうな」
「卿、奇遇ですね。私もなぜかさっきから悪寒が止まらないんです」
風邪かな、とカルロスは笑った。
たまたまヴィルヘルムに向けられたその優しい笑みが、余計に疑惑を深める結果となってしまったことを、当然彼らは知らなかった。
「ウィリー卿!私、応援してますよ!相手が誰であれ、人を愛するのは素晴らしいことです!」
「……?」
なぜか応援され、ヴィルヘルムはきょとんと首をかしげた。
***
一方、マデリーンは調理を終えて子供たちとの交流を楽しんでいた。
「お姉ちゃん、どこかの国のお姫様?とっても綺麗!」
「あら、ありがとう。嬉しいけど、私はお姫様ではないのよ」
マデリーンは王妃であり、姫ではない。
それも権力を使って手に入れた地位だった。一応セヴェランスの姫ではあるが、自身の過去の行いを思えば、到底姫などとは言えないだろう。
「お姫様っていうのはね……美しくて優しくて……華奢で儚い、女性のことを言うのよ」
自然と頭に浮かんだのは、ソフィアの姿だった。
性格はともかく、見た目や経歴だけならマデリーンよりもずっと姫と言えるのではないだろうか。
そう思っての発言だったが、純粋無垢な子どもたちは意外な反応を示した。
「――だから、お姉ちゃんのことでしょう?」
「………私?」
違うと言いかけたとき、ボランティアメンバーのジゼルが口を挟んだ。
「そうよ、マリーさんはウチの姫なんだから」
「ジ、ジゼルさん……」
「あら、本当のことでしょう?ウィリー卿もあなたがいるからここに来てるようだし」
ニッコリと笑ったジゼルに、マデリーンは顔を赤くした。
ウィリーとの関係を誤解しているようだ。彼が聞いたら、きっと不快に思うだろう。
「そ、そんなことないですよ……」
「マリーさんはもっと自分に持つことね――あなたはとっても素敵な人なんだから」
「……」
自分ではそんなこと思ったことはないが、褒められて悪い気はしない。
ここは否定するのではなく、素直にお礼を言うべきだろう。謙遜しすぎると、印象も悪くなるだろうし。
「ありがとうございます……みんな……」
「どういたしまして」
この一件を機に、マデリーンは少しだけ自分に自信を持つことができた。
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