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夫から三十年も放置されましたので、お飾りの妻は平気です~今さら愛されても困ります~  作者: 春乃りぜ
第三章 愛の行方

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76 大切な彼

その後、ウィリーとカルロスはマデリーンの命により、とある場所へと移動していた。

彼らがいたのは、この間マデリーンがパンを作った製造工場の前である。



手前には、丁寧に包装されたパンやお菓子の数々。

全てその工場で働いている者たちが丹精込めて作った品物だ。

ウィリーとカルロスの二人は、予期せぬ形で販売員となっていた。



マデリーンの考えた案は、美しい二人を使って店の売上を伸ばそうというものだった。

彼女の予想は的中、類を見ない美貌を持つウィリーとカルロスに、女性たちは思わず足を止めた。



「なぜ俺たちが……」

「こんなところに……」



当の本人たちは不満タラタラだったが、既に人だかりができていた。

二人に熱のこもった視線を向けている者までいる。



「……まぁ、マリーさんのおっしゃることならば仕方がありませんね」



カルロスは諦めたように客人たちの相手を始めた。

しかし、対するウィリーの手は止まったまま。



「……卿も、さっさとやったほうがいいですよ?マリーさんに嫌われたくはないでしょう?」

「……お前」



カルロスはウィリーの手にパンを一つ握らせた。

温かくて柔らかい、袋の上からでもよくわかる。



ウィリーはマデリーンの笑顔を思い浮かべ、ようやく作業を開始した。

彼女の意に反することを、彼は絶対にできなかった。

そんなウィリーの様子を横目で見ていたカルロスは、確信したように声をかけた。



「……そのピアス、ようやく気付きました。あなた、ヴィルヘルム陛下ですよね?」

「……なぜ、俺のことを」



ウィリー――もとい、ヴィルヘルムは驚いて目を見開いた。

声も顔も全てを魔道具で変えているというのに、なぜ正体に気付いたのか。

カルロスはすぐに答え合わせをした。



「気付かないわけがないではありませんか―――その耳についているピアスは、私の兄が昔、陛下にプレゼントしたものでしょう」

「……」



予想外の点を突かれ、ヴィルヘルムは右耳につけられたピアスにそっと触れた。

太い黒色のリングピアス。それはかつて、大切な人からプレゼントされた大切なものだった。



「……兄が贈ったものを、今でも大切にしているんですね。嬉しいです、まだ兄を思ってくれている人がいて」

「……当然だろう?お前の兄は俺にとって親友なんだから……」



ヴィルヘルムとカルロスの間に、重苦しい空気が流れた。

お互いに、ちょうど同じ人物のことを考えていた。目を閉じれば、今も鮮明に思い浮かぶ大切な存在。



当たり前にすぐ傍にいた彼が突然いなくなったときのこと、今でもよく覚えている。

二人とも信じられなかったし、すぐには受け入れられなかった。



何ならカルロスに至っては、今でも兄の死を受け止めきれていなかった。



「私も同じ気持ちです。あの人は誰にでも優しくて、当時捻くれていた私をきちんと叱ってくれる存在だったんです」

「そうだったのか……」



カルロスは悲しそうな瞳で呟いた。

厳格な両親に代わり、兄はいつも自分に優しくしてくれた。

自分に比べて目立たないだの何だの言われていた兄だったが、人としては彼のほうがよっぽど優れていると――少なくともカルロスはそう思っていた。



ヴィルヘルムは落ち込んでいるカルロスを慰めるように、その肩に手を置いた。



「他の誰が忘れようとも、俺たちは永遠に覚えておこう。彼は素晴らしい人だったよ」

「ええ……そうですね」



今は亡き大切な人を思い、二人の距離が縮まった。

そんなヴィルヘルムとカルロスに、客の女性たちはとんでもない妄想をしていた。



―――もしかして、二人は本当はそういう関係なのでは……?



二人なら全然見てられるし、何ならむしろ見たい。

女性たちは二人の秘密の関係に期待し、胸を躍らせた。



「何か寒気がする、何だろうな」

「卿、奇遇ですね。私もなぜかさっきから悪寒が止まらないんです」



風邪かな、とカルロスは笑った。

たまたまヴィルヘルムに向けられたその優しい笑みが、余計に疑惑を深める結果となってしまったことを、当然彼らは知らなかった。



「ウィリー卿!私、応援してますよ!相手が誰であれ、人を愛するのは素晴らしいことです!」

「……?」



なぜか応援され、ヴィルヘルムはきょとんと首をかしげた。




***



一方、マデリーンは調理を終えて子供たちとの交流を楽しんでいた。



「お姉ちゃん、どこかの国のお姫様?とっても綺麗!」

「あら、ありがとう。嬉しいけど、私はお姫様ではないのよ」



マデリーンは王妃であり、姫ではない。

それも権力を使って手に入れた地位だった。一応セヴェランスの姫ではあるが、自身の過去の行いを思えば、到底姫などとは言えないだろう。



「お姫様っていうのはね……美しくて優しくて……華奢で儚い、女性のことを言うのよ」



自然と頭に浮かんだのは、ソフィアの姿だった。

性格はともかく、見た目や経歴だけならマデリーンよりもずっと姫と言えるのではないだろうか。

そう思っての発言だったが、純粋無垢な子どもたちは意外な反応を示した。



「――だから、お姉ちゃんのことでしょう?」

「………私?」



違うと言いかけたとき、ボランティアメンバーのジゼルが口を挟んだ。



「そうよ、マリーさんはウチの姫なんだから」

「ジ、ジゼルさん……」

「あら、本当のことでしょう?ウィリー卿もあなたがいるからここに来てるようだし」



ニッコリと笑ったジゼルに、マデリーンは顔を赤くした。

ウィリーとの関係を誤解しているようだ。彼が聞いたら、きっと不快に思うだろう。



「そ、そんなことないですよ……」

「マリーさんはもっと自分に持つことね――あなたはとっても素敵な人なんだから」

「……」



自分ではそんなこと思ったことはないが、褒められて悪い気はしない。

ここは否定するのではなく、素直にお礼を言うべきだろう。謙遜しすぎると、印象も悪くなるだろうし。



「ありがとうございます……みんな……」

「どういたしまして」



この一件を機に、マデリーンは少しだけ自分に自信を持つことができた。




読んでくださってありがとうございます!


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