73 レスティンブルク大公子カルロス
ヴィルヘルムから愛の告白を受けたマデリーンは、その後世話をしてくれた本宮の使用人たちに礼を言って王妃宮へ戻った。
「王妃陛下、おかえりなさいませ……って、どうかなさったのですか?」
「……いいえ、何でもないわ」
マデリーンは平然を装っていたが、異変は誰から見ても明白だった。
普段明るい彼女が、ヴィルヘルムのいる本宮から帰った途端に落ち込んでいる。
陛下に何かを言われたのだろうか――という予想はつくものの、聞ける者は誰一人としていなかった。
今はそっとしておいたほうがいいのかもしれない。そう思った彼らは、部屋に戻るマデリーンについて行くことはなかった。
自室に入ったマデリーンは、ベッドサイドにゆっくりと腰を下ろした。
ヴィルヘルムに愛していると言われ、彼女は複雑な気持ちだった。
なぜ、今になって愛しているなどと言うのか。マデリーンは彼のことが理解できなかった。
ヴィルヘルムが愛していたのは、紛れもなくソフィアただ一人だったはずで。
彼女は何度も彼を振り向かせようと努力していたが、全て失敗に終わった。
「陛下が私を愛しているだなんて……そんなこと、ありえない……」
期待させるだけさせて、その後に地獄へ突き落とそうとしているのではないか。
そう考えたほうが、まだ自然なほどだった。
前世であれだけの仕打ちを受けたのだ、彼女が信じられないのも無理はなかった。
(どうしてこんなにも心を乱されてしまうのかしら……)
ヴィルヘルムへの気持ちは既に捨てたマデリーンだったが、困惑を隠しきれなかった。
今世ではヴィルヘルムとソフィアの仲を応援すると誓った。
「そうよ、きっと勘違いだわ……陛下が勘違いしているのよ……」
マデリーンは必死に、自分の誤解だと言い聞かせた。
***
ヴィルヘルムからの告白を受けてからというもの、マデリーンは以前にも増して仕事に打ち込むようになった。
できる限り、彼のことを考えたくなかった。
元々仕事人間なマデリーンは、仕事をするのが嫌いではなかった。
こう見えて、前世ではほとんど遊ぶことなく、毎日のように仕事ばかりしていたのだ。執務面において優秀になれば、彼がいつかは必要としてくれるのではないかと期待して。
しかし、そんなことはなく、いくら彼の役に立とうともヴィルヘルムは彼女に見向きもしなかった。
「今さら、彼が何を思ったところで遅いのよ……」
図書館からの帰りであるマデリーンは、書物を多く抱えたまま書斎へと戻っていた。
あの日から、ヴィルヘルムとは一度も会っていない。
気まずくて、どうしても会えるような気分ではなかった。
マデリーンはヴィルヘルムを避けるように、王妃宮にしばらく閉じこもったままだった。
(にしても、ちょっと持ちすぎちゃったかな……)
移動時間を削りたくて、十冊以上の本を一度に抱えたのが良くなかったのかもしれない。
マデリーンの華奢な身体は本の重みで不安定になり始めた。
「マ、マズイわね……キャッ!」
――そのとき、マデリーンは後ろに倒れそうになった。
ちょうど騎士や侍女は連れておらず、受け止めてくれる人も誰もいなかった。
みっともない姿をさらす羽目になると思い、覚悟した。
「……」
と思ったら、誰かに身体を抱き留められた。
ヴィルヘルムにも引けを取らないほどに大きく、ガッシリとした身体。
彼女は本ごとまるまる彼の腕に抱きしめられた。
顔を上げると、美しい黄金色の瞳と目が合った。
「―――大丈夫ですか、王妃陛下?」
「…………あなたは」
自身を受け止めた彼を、マデリーンは知っていた。
いや、社交界にいる貴族ならおそらく知らない人間はいないだろう。
「――レスティンブルク大公子」
「お久しぶりでございます、王妃陛下」
カルロス・レスティンブルク大公子。
レスティンブルク大公家の次男であり、類稀なる美しさから社交界で知らない者はいないほどの有名人である。
ルバーニ王国では、ヴィルヘルムと並ぶほどの貴公子だった。
カルロスはマデリーンの身体を支え、そっと地面に立たせた。
「助けてくれてありがとうございます……」
「いえ、困っている女性を放っておくのは騎士道に反します」
カルロスは黄金色の瞳を細めてニッコリと笑った。
ヴィルヘルムと同じくらい貴族令嬢から人気のあるカルロスだが、彼と違って愛想が良い。
彼はヴィルヘルムの従兄弟で、王家の血が混じっている。そのため、実質お飾りの王妃であるマデリーンよりもずっと上だった。
「今日はどうしてここへ?」
「実は……マデリーン陛下に会いに来ました」
「あら、私に……?」
マデリーンは驚いた。
カルロスとは結婚前から特別親しくしていたわけでもなければ、話したこともほとんどない。
舞踏会で数回、挨拶をした程度である。そんな彼が、一体何の用で自身の元を訪れたというのか。
「では……本を置いたら応接間に向かいますので……」
「一人では危ないですよ、陛下。私がお持ちします」
そう言うと、カルロスはマデリーンの手から全ての本を取った。
「さぁ、行きましょう。部屋まで私が陛下の護衛騎士になりますので」
「あら、ありがとう。頼もしいわね」
マデリーンはカルロスの気遣いに嬉しそうに笑いながら、彼の後をついて歩いた。
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