70 回復
媚薬を盛られてから数日、マデリーンはヴィルヘルムのベッドの上にいた。
医師の診察を受けた彼女は、しばらく公務や執務をせずに安静にしていた。
マデリーンに盛られたのはかなり強力な媚薬だったが、医師の尽力により後遺症などもなく、全快できた。
回復した彼女の元へ真っ先にお見舞いにやってきたのは、ダニエルだった。
「陛下、お元気ですか?」
「ええ、身体はだいぶマシになったわ」
ダニエルは持っていた見舞いの花を近くにあった棚の上に置いた。
ここ数日間治療に専念していたせいで、誰とも会っていなかった。久々によく知る人と話せたような気がして何だか嬉しい。
「ところで、アイラは大丈夫かしら?」
あの日、殴られて意識を失ったアイラのことが気がかりだった。
ダニエルはマデリーンを安心させるようにニッコリと笑った。
「ええ、そこまで致命傷ではありません。昨日からバリバリ王妃宮で働いているそうですよ。元々元気な女性ですし、心配する必要はないでしょう」
「そう……よかったわ」
マデリーンはアイラを運んでくれたダニエルに礼を言った。
大事な侍女が自分のせいで怪我をしたともなれば、胸が痛む。
あの日、アイラは身を挺してまでマデリーンを守ろうとしてくれた。
その結果、彼女まで怪我を負うことになってしまったのだ。
(大怪我をしていないようでよかった……)
アイラに何かあったら、マデリーンは一生後悔の念に苛まれるだろう。
「それと……あの騎士は、今どこにいるの?」
「……あぁ、あの男のことですか」
マデリーンは、ソフィアと共謀して自分を襲おうとした男について尋ねた。
聞いていいのか悩んだが、ダニエルは表情を変えなかった。
「少なくとも王宮にはいないですよ」
「そう……」
あのあと、ヴィルヘルムがすぐに一連の事態を処理したと聞いた。
しかし、男に対して彼が下した処遇までは知らなかった。
(王妃に手を出そうとしたんだから……死刑になってもおかしくはないわよね……)
ヴィルヘルムは冷たいが、誰彼構わず処刑するほど残酷な人ではなかった。
そんな彼の手で血が流れたかと思うと、いくら罪人とはいえ複雑な気持ちだった。
「陛下、あの男のことがそんなに気になるのですか?」
「いや、ただ……どんなふうに処罰がされたのか、何も聞いていないから」
媚薬を飲まされたあの日から、ヴィルヘルムには一度も会っていなかった。
マデリーンにベッドを使わせている彼がどこで寝ているのかすら知らない。
ダニエルは考え込むマデリーンに何を感じたのか、口を開いた。
「――国王陛下が、王妃陛下に手を出そうとした男をただで済ませるとお思いですか?」
「……それは一体どういう」
マデリーンは驚いて顔を上げた。
その様子だと、本当に気付いていなかったのか。てっきり既に気持ちを伝えたあとだと思っていたダニエルは、少し驚いた。
そう、ヴィルヘルムは恋愛には意外と奥手だった。
マデリーンは本当に何もわかっていないという様子で、きょとんと首をかしげた。
そんな彼女に、ダニエルはなかなか難しい恋になりそうだと察した。
赤の他人から本人に気持ちを伝えることは簡単だが、それでは意味がない。
何より、ヴィルヘルムは侍従の手助けなんて望んでいないだろう。主君の意に反することを、彼はもちろんしない。
「私から言えることは他に何もありません。ただ……当たり前ですが、陛下の行動には全て意味があります。そのことを忘れないでいただきたいのです」
「オーウェン卿」
ダニエルはベッドに座るマデリーンに一礼したあと、そのまま部屋を出て行った。
彼がいなくなった室内で、マデリーンは一人ポツリと呟いた。
「私、どうしちゃったのかしら……」
唇に手を触れると、自然とあの夜のことが蘇る。
最後まではいかなかったが、初めて夫であるヴィルヘルムと口づけを交わした。
深い夜、真っ暗な闇夜の中で彼はマデリーンを熱のこもった目で見下ろしていた。
口内に入り込んだ彼の熱い舌も、首の後ろを掴んで引き寄せる手も、よく覚えている。忘れられるはずがなかった。
(変ね……そのあとは記憶が曖昧だというのに、どうしてあのキスのことだけはハッキリと覚えているのかしら)
初めてのキス――ファーストキスというものは、それほど印象に残るものだということだろうか。
『当たり前ですが、陛下の行動には全て意味があります。そのことを忘れないでいただきたいのです』
ふと、先ほどダニエルに言われた言葉が頭をよぎった。
意味もなく、マデリーンに口づけなどしないということだろうか。
しばらくの間考えて浮かんだのは、彼に対するある疑念。
とても信じられないことだが、それ以外にはあり得なかった。
「……一度、陛下にお会いしましょう」
どれだけ考えたところで、本人の口から直接聞かない限りは確信など持てないものだ。
マデリーンはヴィルヘルムに会うことを決め、着替えて部屋を出た。
読んでくださってありがとうございます!
ブクマ、いいね、評価などしていただけたら励みになります!




