66 側妃の看病
マデリーンは侍女について側妃の住む後宮へと向かった。
王妃宮から後宮までは、それほど遠くはない。歩きでもすぐに辿り着ける距離だ。
後宮に着くと、マデリーンは前を歩く侍女に尋ねた。
「側妃はどこにいるの?」
「部屋でお休みになっています……」
案内役の侍女は淡々とした様子で答えた。
主人が倒れたというのに、いくら何でも平然としすぎている。
このときにその怪しさに気付くことができればよかったが、元から疲れていたマデリーンはそんなこと考えている余裕もなかった。
ソフィアのお腹にはヴィルヘルムの子がいる。
マデリーンが彼の子を産むことはあり得ないので、彼女に産んでもらうほかない。
王妃として、王家の血を引く子を失ってしまうかもしれないという状況を見過ごすわけにはいかなかった。
それに何より、何の罪もない子が産まれる前に亡くなってしまうのは気が引けるし。
後宮を歩くマデリーンは、使用人たちの好奇の目に晒された。
なぜお前がこんなところにいるのか、一体何をしに来たのかという声があちこちから聞こえる。
「どうして王妃陛下がここに……」
「嫌だわ……また側妃様に危害を加えようとしているんじゃ……」
彼女の過去の行動を思えば、そのように噂されるのも仕方のないことだった。
二人はしばらく歩くと、奥にある一室の前で足を止めた。何度もここへソフィアを罵倒しに来たからわかる。
「――側妃様、失礼します」
マデリーンは侍女のあとに続いて部屋へ足を踏み入れた。
中に入ると、独特な薬品の香りが鼻をついた。
(何かしら……?この匂い、何か不思議……)
マデリーンは小さくウッと声を上げて鼻を押さえた。
そんな彼女に気付いた侍女が、説明を加えた。
「……王医が妊娠中の側妃様に処方した特別な薬があるんです」
「そうだったのね……」
マデリーンは疑うことなく、そうだったのかと受け入れた。
ベッドの傍まで行くと、青白い顔で横たわるソフィアの姿が目に入った。
以前の元気だった姿は見る影もなく、とても具合が悪そうだった。
「側妃様……」
「王妃陛下、どうかお願いします!側妃様をお助けください!」
侍女はわざとらしく床に膝をついて懇願した。
マデリーンはそんな彼女の頼みを断ることができなかった。
「……王立病院で働いている医者を呼んでちょうだい。私の名前を出してもいいわ」
「はい、陛下」
王宮に勤める王医たちは、既に帰っている時間だった。
普段はソフィアにつきっきりだった医師も、今日に限ってなぜか王宮にはいなかった。
マデリーンは医者が到着するまでの間、ソフィアの看病を始めた。
眠っている彼女の額に手を触れると、僅かな熱が感じられた。
マデリーンはタオルを水で濡らし、ソフィアの首元を冷やした。
ふとお腹に目をやると、以前よりも膨らんでいるように思えた。
マデリーンは必死の思いで、ソフィアを看病し続けた。
額に汗が滲むほどに、マデリーンは一生懸命だった。
そんな彼女の熱意を感じ取ったのか、最初は疑いの目で見ていた侍女たちも、次第にマデリーンを応援するようになった。
マデリーンが中心となり、後宮の侍女たちは彼女のサポートをする。全員がソフィアを助けようと躍起になっていた。
そんな中、彼女を後宮へ連れてきた侍女が声をかけた。
「陛下……水をお持ちしました。少し休憩なさってください」
「ええ……ありがとう」
トレーに載せられた水の入ったコップを、マデリーンは受け取った。
ちょうど暑かったし、彼女は何も疑うことなく水を飲み干した。
(あれ……何か独特な味の水ね……)
疲れているせいか、水が変な味に感じてしまった。
しかし、ソフィアを回復させるのに必死だったマデリーンは特に気にすることはなかった。
疲れが溜まっていた彼女にとって、キンキンに冷えた水は回復薬だった。
しばらく看病を続けていると、ようやく王都の病院から医師が到着した。ちょうど夜間勤務の最中ではあったが、国王の妃の危機となれば、駆け付けるのは当然のこと。
マデリーンは安堵の息を吐いてソフィアを彼に任せた。医師の到着により、ソフィアの容態は徐々に安定していった。
侍女は感激したようにマデリーンの手を握った。
「王妃陛下、ありがとうございます。今回のこと、側妃様にも必ず伝えておきます」
「気にしないで……私も彼女に死なれると困るから」
もう大丈夫だという安心感のせいか、マデリーンの身体から急速に力が抜けていった。
(何か、ちょっと疲れちゃったな……)
身体の不調を感じたマデリーンは、早々に王妃宮に戻ることにした。
ソフィアが目覚める前に部屋を出ようとする彼女に、侍女たちが声をかけた。
「ありがとうございました、王妃様!」
「このご恩は絶対に忘れません!」
マデリーンは侍女たちに向けて軽く手を振りながら部屋をあとにした。
***
彼女がいなくなった部屋では、医師による診察が始まった。
「側妃様……具合のほうは……」
「……」
マデリーンがいなくなった後、ソフィアは何事もなかったかのようにベッドの上で目を開けた。
侍女たちの大半がマデリーンに続いて部屋を出て行ったあとだった。
彼女はベッドから上半身を起こすと、医師にキッパリと言い放った。
「――せっかく来てもらったところ悪いけど、帰っていいわ」
「…………え、ええ!?」
王宮に呼ばれて五分で帰らされるとは、優秀な頭を持っている彼ですら想像できないことだった。
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