62 どっちに抱かれたい?
翌日はちょうどボランティアの日だった。
マデリーンは支度を済ませると、久しぶりに市井へと下りた。
今日の活動はいつも通り、街の清掃だ。
「――そういえば、ヴィルヘルム国王陛下がとても麗しいそうです」
「「ッ……」」
ボランティアメンバーが何気なく放った一言に、動揺する人物が二名。
マデリーンと、すぐ横にいたウィリーだ。正体を隠している自分の本当の名が、明らかに普通の関係ではないといえる夫の名前が急に出てきたのだから当然だろう。
マデリーンと同年代と思われる女性は、興奮気味に続けて言葉を発した。
「王都で売られていた肖像画を見たのですが……驚きました。まさに私の夢から出てきた理想そのもの。幼い頃に本で読んだ王子様の生き写しでしたわ!」
美貌の国王、完璧超人、神が創り上げた最高傑作―――彼女がヴィルヘルムを独特な言葉で褒めるたびに、ウィリーの顔は真っ赤になった。
彼女の語りの途中で、別の女性が口を挟んだ。
「あら、私はレスティンブルク大公家の次男・カルロス様のほうが好きですわ」
「なぬ!?」
レスティンブルク大公家とは、先王陛下の兄弟である王弟殿下が当主を務める貴族家だ。
長男は少し前に戦死してしまったため、今は次男が嫡男として跡継ぎの準備を進めているそうだ。
ちなみに父親の弟の子なので、ヴィルヘルムにとっては従兄弟にあたる。
王家の象徴でもある黒い髪の毛に、星のように輝く青い瞳。
彼もまた、ヴィルヘルムに負けず劣らず美しかった。
「国王陛下が一番よ!」
「あら、レスティンブルク大公子様だって負けていないわ!」
気付けば、二人は作業そっちのけで謎のバトルを繰り広げていた。
そんな彼女たちを横目に、マデリーンとウィリーは聞かなかったことにして手を進めた。
しかし、予想だにしない形でマデリーンは巻き込まれてしまった。
「――マリーさんはどっちのほうが好きですか?」
「……………え?私?」
突然声をかけられたマデリーンは、驚いて振り返った。
「マリーさんは国王陛下と大公子様だったらどっち派ですか!?」
「………え」
彼女はどちらも素敵だと思いますよとありきたりな返答をした。
しかし、激しい言い争いをしていた彼女たちにそんな言い逃れは通用しなかった。
「どっちに抱かれたいかにしましょう!そのほうがわかりやすいし!」
わかりやすい、とは?
激しくまくし立てられ、マデリーンは逃げ場を失った。
「さぁ、マリーさん!ヴィルヘルム国王陛下とレスティンブルク大公子様の二人だったら、どっちに抱かれたいですか!?」
「……」
彼女の脳内に、二人の男性が浮かび上がった。違った系統だが、どちらも類稀なる美貌を持ち合わせるヴィルヘルムとカルロス。どちらか選べだなんて、贅沢すぎる。
マデリーンは悩みに悩んだ末、口を開いた。
「……………レスティンブルク大公子かな」
――その瞬間、ウィリーが持っていたホウキが手から滑り落ちて地面に落下した。
「あら、どうしてですか?国王陛下もとっても素敵な人だと思いますけれど」
「そうですねぇ……どちらも素敵なんですけど……何か、あんま自分が陛下に抱かれるところが想像つかないので、レスティンブルク大公子ってことで」
「そうですか……残念ですわ」
ヴィルヘルムを推していた女性はションボリと肩を落とし、カルロス推しの女性は勝ち誇ったように笑った。
一方、ウィリーは顔を真っ青にして呆然とその場に立ち尽くしていた。
***
ボランティア活動が終わったあと、帰ろうとしたマデリーンを、ウィリーが引き留めた。
「マデ……マリー、ちょっと待ってくれ」
「……ウィリー卿、どうかしたんですか?」
振り向くと、珍しくウィリーが真剣な顔をしていた。
彼はマデリーンに近づくと、彼女を真っ直ぐに見下ろした。
「前にお前が言ってたことなんだが……」
「私が言ってたこと……?」
「ほら、贖罪のためにボランティアしてるって言ってただろ」
そういえば、そんなことを以前ウィリーに言った。
初めてハッキリと口にした、マデリーンの本当の気持ち。
「それがどうかしたんですか?」
「その……俺も……そうすることにした」
「…………?」
意味がわからずに首をかしげていると、彼が神妙な面持ちで口を開いた。
「実は……俺もある人に対して大きな罪を犯してしまったんだ」
「……ウィリー卿?」
普段あまりプライベートなことを語らないウィリーが珍しく話した過去の話。
意外な言葉に、マデリーンはただ黙って彼の話を聞いていた。
「彼女の内面をまともに見ようともせず、勝手に決め付けて……深い心の傷を負わせた」
「……」
そう口にした彼の顔は、その人物に対する罪悪感でいっぱいになっていた。
まるで自分自身を見ているようだと、マデリーンは感じた。
「俺もお前に倣って……彼女に対する贖罪のために、社会貢献をしようと思っている」
「あら……」
どうやら彼が罪悪感を抱いているのは、女性のようだ。
彼女を思うウィリーの顔はとても悲しそうで、愛する女性を傷付けてしまったことへの罪の意識が見て取れた。
その人は、きっと彼にとってとても大切な人なのだろう。
一人の女性をそこまで一途に愛するとは、素晴らしいことだ。マデリーンは彼の恋を応援してあげたいという気持ちになった。
「良いんじゃないですか?それが彼女に対する贖罪だと、ウィリー卿が思っているのなら」
「……」
かつて、彼がマデリーンにかけた言葉と全く同じ。
自分がそうやって彼に元気付けられたように、彼もきっとその言葉で元気が出るはずだと信じて。
「ウィリー卿、恋が実るといいですね」
「こ、恋だと!?」
「あら、お相手は愛する女性ではありませんか?」
照れて顔が真っ赤になったウィリーを見た彼女は、クスクス笑った。
そんなマデリーンを、ウィリーは切ない瞳で見つめていた。
彼の言う傷付けた相手が自分自身だとは、彼女は知る由もなかった――
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