56 家族との絶縁
翌日の朝、マデリーンとヴィルヘルムが王宮へ帰るときとなった。
昨日から、ヴィルヘルムはずっと心ここにあらず状態でマデリーンは気安く話しかけることができなかった。
彼女は不思議に思っていたものの、そっとしておこうと思ってあえて触れなかった。
「――王妃様、陛下にプレゼントをされたのですか?」
「ええ、そうよ。ちょっと色々あって……悩んでいるようだったから、良い意味の持つものをあげたの」
王宮から迎えに来たエマは、マデリーンの帰る準備を手伝いながら話しかけた。
ヴィルヘルムは、ついさっきダニエルが連れて行ったばかりだった。
「へぇ、何をあげたんです?」
「黄色い薔薇の花よ!庭園に咲いてたやつを折っただけだけどね。黄色い薔薇には『友情』っていう花言葉があるのよ。素敵だと思わない?」
「旦那様に贈るものとして合っているかはともかく……なかなか良いではありませんか」
でしょう!?と自慢げに返すマデリーンに、エマは笑った。
彼女はカバンを手に、部屋を出た。
「さぁ、行きましょう」
「はい、陛下」
そのままマデリーンがエントランスに降りると、ちょうどヴィルヘルムを見送ったばかりの家族たちが視界に入った。
ヴィルヘルムがいなくなったせいか、父と異母弟は肩の荷が下りたように安心した顔をしている。
マデリーンはエマを連れ、三人の前に降り立った。
「お父様、お義母様、エリック。お世話になりました」
「……マデリーン」
気力のない声で、父が呟いた。
(お父様は陛下から相当お灸を据えられたようね)
いつものように彼女を罵倒する気力もないようだ。
ヴィルヘルムが彼に何を言ったのかは知らないが、もはやそんな姿を見たところで何とも思わない。
三人の家族だった者たちと向き合ったマデリーンは、キッパリと告げた。
「―――私、二度とあなた方の望むようには生きませんから」
「……」
それは、セヴェランス公爵家に向けた永久的な絶縁でもあった。
弱気だったマデリーンは、自分を庇うヴィルヘルムを見て考えを変えた。
誰かに守ってもらうだけではいけない。自分の身は自分で守る必要がある。
「私はたしかにセヴェランス公爵家の令嬢でした。ですが、今は違います。ルバーニ王国国王陛下の妻であり、王妃です。あなた方が私に何かを強要する権利はありません」
「な、何を言って……誰があなたを育てたと思って……」
「母上、落ち着いてください」
前に出ようとした夫人を、エリックが咄嗟に押さえた。
マデリーンの言葉は間違いではなく、王妃である彼女に何かあればセヴェランス家も無事ではいられないだろう。貴族としての教育を受けて育ったエリックは、母親よりも頭が良かった。
「お父様もお義母様も、命が惜しければ大人しくしていてください。陛下からもそう言われたんでしょう?」
「……」
父親がピクリと反応したのを見て、マデリーンは図星だと確信した。
義理の父親をここまで脅迫できるだなんて、ヴィルヘルムは本当に他人には容赦がない。しかし、彼らが何を言われたところで同情はなしだ。
「では、私はそろそろ王宮へ帰ることにします――みんなが待っているので」
「……」
マデリーンは項垂れる家族たちから背を向け、エマと共にエントランスから外へ出た。
後ろから刺すような視線を感じるが、彼女は決して振り向かなかった。
――――私の生きる道は、私が決める。
誰も、私を縛り付けることなどできやしない。
***
「―――王妃陛下、おかえりなさいませ」
「ただいま、みんな」
馬車を下りて王妃宮に入ると、大勢の使用人がマデリーンを出迎えた。
およそ二日ぶりの宮殿を見上げ、彼女は口を開いた。
「わぁ、やっぱりここが私の家って感じがするわね」
「みんな、王妃陛下がいらっしゃらなくて寂しかったんですよ」
「あら、嬉しいわね」
誰からも疎まれていた前世と比べたら、今はなんて恵まれているのだろうか。
マデリーンは自室に入り、羽織っていた上着を脱いだ。
「ロベルタ伯爵夫人からお礼の手紙が届いておりました」
「そう、喜んでもらえたのならよかったわ」
マデリーンは部屋にいた侍女に尋ねた。
「ところで、陛下は……」
「オーウェン卿が二日分の執務が終わるまで一歩も外に出さないとおっしゃっていました。しばらくは部屋から出られないかと」
「そう……帰ってきたばかりで、大変ね」
ヴィルヘルムは生粋の仕事人間だった。
四六時中仕事ばかりしていて、一体いつソフィアと子供を作ったのか。マデリーン自身も不思議に感じるほどである。
「そうだ……陛下への誕生日プレゼントなんだけど、ロベルタ伯爵夫人の薔薇の香水にしようかしら」
「あら、それはいいですね」
侍女たちはニッコリと笑い返した。
陛下に誕生日プレゼントを贈るなんて、何年ぶりかわからない。
「陛下は香水なんて喜ばないでしょうけど……」
「そうでしょうか?王妃陛下が贈られたものなら、きっとどんなものでも喜びになられると思いますよ」
「そうですよ、陛下!もっと自信を持ってください!国王陛下はきっと喜びますよ!」
彼らの言葉に、マデリーンの胸は温かくなった。
そんなことを言われると、不思議と喜んでもらえるような気がしてくる。
「……みんな、ありがとう」
彼女は照れたように顔を背けながら礼を言った。
家族との関係も清算し、マデリーンの心はだいぶ楽になっていた。
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