53 二人だけの夜
セヴェランス公爵一家、そしてヴィルヘルムとの晩餐会が終わった。
入浴を終えたマデリーンは、部屋に戻るために廊下を歩いた。
いつもは陰口を叩いてくる使用人たちが、今日に限ってやけに大人しかった。
理由はヴィルヘルムが公爵邸に泊まっているからだろう。
国王がよその貴族家に泊まることなど、前代未聞である。
(本当、陛下はどうして急にセヴェランス公爵家へ来たのかしら……)
理由はわからないが、ここを訪れた以上きちんとしたおもてなしをするべきだろう。
そう思いながら、マデリーンは自室に入った――
「……」
私は幻覚を見ているのだろうか。
そう思ったマデリーンは足を止め、一度扉を閉めて外へ出た。
ここが自身の部屋であることを確認し、もう一度両手でゆっくりと扉を開けた。
「……」
しかし、中の光景は何も変わらなかった。
マデリーンが入ってくることが予想外だったのか、彼もまた驚いていた。
「―――陛下……どうしてここに……?」
「お、俺は何も知らないぞ……」
マデリーンの自室のソファに座っていたのは、他でもないヴィルヘルムだった。
彼女の登場に、彼は慌てたようにソファから立ち上がった。
「ここ、空き部屋ではなかったのか?」
「いえ、私の部屋ですよ」
「王妃の部屋だったとは……全く気付かなかった……」
マデリーンはため息をつきながらも、気にしないでくださいと言葉を返した。
彼がここを彼女の部屋だと知らなかったのも、無理はないのかもしれない。
マデリーンの部屋は貴族令嬢が住んでいるとは思えないほど質素だった。
普通の令嬢たちが好むような可愛らしい家具がないうえに、今日帰ってきたばかりであるため、生活感もない。
(たしかに、空き部屋だと言われたほうがしっくりくるわよね)
「陛下をここに通したのはどこの者でしょうか?」
「侍女だ。名前はたしか……イリスって言ってたな」
イリスとは、セヴェランス公爵夫人の専属侍女だ。
ということは、ヴィルヘルムをマデリーンの自室に案内したのは夫人なのだろう。
(私と陛下の仲を取り持っているつもり?余計な真似を……)
マデリーンが子を産めば、その子が次の国王になる。
夫人は国王の祖母となり、さらなる権力を手に入れたいのだろう。そのような考えが見え見えだ。
夫人の思惑がわかった以上、乗るわけにはいかない。
「陛下、母が迷惑をかけて申し訳ありません」
「いや……気にしないでくれ。俺は別にかまわないから」
ヴィルヘルムが不快に思っていないのが不幸中の幸いだった。
とはいえ、彼と一夜を共にするわけにはいかない。
「陛下、私は他の部屋で寝ることにします。陛下がこの部屋をお使いください」
「王妃……待ってくれ、他の部屋ってどこで寝るつもりだ?」
ヴィルヘルムはとっとと立ち去ろうとするマデリーンを引き止めた。
「どこでも……使用人の部屋でも、寝ることくらいはできるでしょう」
「使用人の部屋だと!?お前をそんなところに寝かせるわけにはいかない!」
マデリーンはかまわないと言ったが、ヴィルヘルムは頑なに聞き入れなかった。
彼はここまで頑固な人だっただろうか。マデリーンが自ら去るというのだから、喜ぶと思ったが、なかなか認めなかった。
「陛下、私は平気ですから、お気になさらないでください」
「俺が平気ではないんだ……そんなに俺と同じ部屋が嫌なら、俺が出て行くから」
そう言うと、ヴィルヘルムは室内の荷物をまとめ始めた。
冗談だと思っていたが、彼は本気で部屋を出て行くつもりのようだ。
「そんな、陛下を使用人の部屋で寝かせるわけにはいきません」
「お前がそこで寝るくらいなら、俺がそっちに行くよ」
「……」
お互いになかなか退かない戦いだったが、結局折れたのはマデリーンだった。
彼女はヴィルヘルムのシャツを掴んだ。
「陛下……ここにいてください。陛下が別室で寝ることになれば、私がお義母様から叱られることになってしまいますから」
「王妃……」
そこまで言えば、ヴィルヘルムは渋々彼女の要求を受け入れた。
彼は荷物を置き、再びソファに腰を下ろした。
「あの部屋のベッドは陛下には合わないかと思われます」
「お前、俺を見くびっているのか?床ですら寝れるような人間だぞ。こう見えて、昔はよく床で寝てたからな」
その言葉で振り返ると、ニヤリと口角を上げたヴィルヘルムと目が合った。
(床で寝たことがあるだなんて……一体どんな境遇で過ごしていたのかしら……)
マデリーンはヴィルヘルムを愛していたが、実は彼のことをあまりよく知らなかった。
知りたいと思ったことは多くあったが、いくら聞いたところで答えてはくれなかったからだ。
「入浴はもう済ませましたか?」
「ああ」
特に話すことがなくて、室内に沈黙が流れた。
こんな夜遅くにヴィルヘルムと過ごすのは初めてだった。
二人は当然、一度たりとも閨を共にしたことがない。
そのせいか、お互いにやけに緊張していた。バルコニーへ出て星でも見ようかと提案するべきなのだろうが、マデリーンはどうしてもそのような気分にはなれなかった。
結局、彼女は逃げることにした。
「へ、陛下……私は疲れたのでそろそろ寝ることに……」
勢いよく立ち上がったマデリーンは、そそくさと寝る準備をしようとした。
しかし、慌てすぎたのがいけなかったのか、彼女は足元がふらついて倒れそうになってしまった。
「キャアッ!」
「お、王妃……!」
ヴィルヘルムは慌てて両手を伸ばし、その胸に彼女を抱き留めた。
「……………………陛下?」
「大丈夫か?王妃」
顔を上げると、心配に満ちた表情の彼と目が合った。
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