52 ヴィルヘルムVSセヴェランス公爵一家
「こ、国王陛下!?どうしてこちらに!?」
突然のヴィルヘルムの来訪に、父たちは驚いた。夫人はどういうことかと、マデリーンを問い詰めた。しかし、当然彼女は何も答えられない。
ヴィルヘルムが来るのは、マデリーンも知らされていなかったことだから。
「陛下……どうして……」
ヴィルヘルムは彼女の声に気付き、ゆっくりとマデリーンのほうを向いた。
彼女を視界に入れると、彼は柔らかく微笑んだ。一瞬で変化したヴィルヘルムの表情に、家族たちは驚きを隠せなかった。
それではまるで、ヴィルヘルムがマデリーンを愛しているようではないか。
社交界で噂になっていた話とはずいぶん違う態度に、彼らは困惑していた。
ヴィルヘルムはゆっくりと彼女に歩み寄ると、肩に手を触れた。
そのまま抱き寄せるその姿勢は、セヴェランス家の面々からマデリーンを守っているかのようだった。
顔を上げると、優しい彼の瞳が彼女に注がれていた。
「王妃、実家に帰るなら俺に一言言ってくれたらよかったのに」
「お、お伝えしたはずですが……」
「俺も一度王妃の実家に行きたいと思っていたんだ、結婚のときは多忙で両親への挨拶もできなかったからな」
そこで、ヴィルヘルムは父に視線を移した。
マデリーンに向けられていたものとは違う、射抜くように鋭い瞳。
元々臆病な父は、ビクッと肩を上げた。
「――俺も王妃が帰るまでここに泊まっていくことにする」
「な、な、何ですって!?」
すぐに帰るだろうと思っていた父は、驚きのあまり声を上げた。
夫人と異母弟も、衝撃を受けたように固まっている。
(陛下が……ここに泊まるですって……?)
こうして、ヴィルヘルムのセヴェランス公爵邸宿泊が決まったのであった――
***
家族の晩餐会に急遽ヴィルヘルムが参加することになり、厨房は大慌て。
予期せぬ来客が一人現れただけならまだしも、相手はこの国の王。慎重かつ、急いで作らなければならないというその状況に、空気がピリついていた。
父はマデリーンの隣に腰を下ろしたヴィルヘルムにおそるおそる尋ねた。
「あの、陛下……陛下はいつ頃お帰りになりますでしょうか?」
「さっき言わなかったか?王妃が帰るまでここにいると」
その返答に、マデリーン以外の全員が絶句した。
口には絶対に出せないが、彼らは一刻も早くヴィルヘルムに帰ってほしいと思っている。
彼はそんなセヴェランス一家の気持ちに気付いていながらも、何か問題があるか?とでも言いたそうにニコニコ笑っている。
「――陛下、お食事をご用意いたしました」
「ああ、手間をかけさせてしまってすまないな」
晩餐室に入ってきた料理長が一礼をし、ヴィルヘルムの前に料理の載った皿を置いた。
出来立ての料理の香ばしい香りが、鼻をくすぐった。
(……私にはあんなの、出したことないくせに)
セヴェランス家の使用人たちは基本的に夫人側の人間で、マデリーンはあまり好かれていなかった。
料理の味を変えるだなんて嫌がらせはしょっちゅうされていた。
「俺のためだけにわざわざすまないな……それにしても、この肉は美味そうだな」
「陛下に褒めていただけるとは、光栄です」
国王からの褒め言葉に、料理長は嬉しそうに笑った。
ヴィルヘルムに料理を気に入られ、お気に入りとなれば、より高い地位を得ることができるかもしれない。
しかし、彼は予想外の行動を取った。
「――王妃、お前はこれを食べろ」
「え、へ、陛下……?」
ヴィルヘルムは自身に出された料理と、マデリーンにあらかじめ出されていたものを入れ替えた。
突然の行動に、料理長は納得いかずに声を上げた。
「へ、陛下!どういうことですか!」
「何が問題だ?妻に一番良いものを与えるのは、夫として当然のことではないか?」
「で、ですが……私は陛下のために……」
ヴィルヘルムは料理長の嘆きなど気にも留めず、そのままマデリーンに出されていた料理を口に運んだ。
――その瞬間、彼はむせて咳き込んだ。
「へ、陛下!大丈夫ですか!?」
マデリーンは慌ててヴィルヘルムの背中をさすった。
口元を手で押さえた彼は、ギロリと料理長を睨んだ。
「何だこの味は……ここのシェフたちは頭がおかしいのか?」
「へ、陛下……」
マデリーンの料理には、いつものように使用人たちの嫌がらせが施されていた。
見た目は同じでも、彼女だけ味が変えられている。長年の嫌がらせで舌が慣れてしまった彼女だが、ヴィルヘルムは違う。
「陛下……誤解です……私は……」
「こんな料理人を雇っているだなんて……セヴェランス公爵の品性を疑ってしまうな」
ヴィルヘルムの非難の目は料理長だけではなく、父親や夫人にも向けられた。
「お前、この料理食べてみたのか?」
「い、いえ……どうやら、何かの手違いがあったようです」
「そうだな、公爵や夫人たちは平然としているし―――王妃だけを狙ってやっただなんて、そんな陰湿なことするわけがないしな」
料理長の顔が真っ青になった。
ヴィルヘルムは目の前にいるふざけた男をクビにしてやりたかったが、彼にはそんな権限がない。
「公爵……今回のことは覚えておくよ。いや、一生忘れられないだろうな……この味は」
「陛下……ご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ありません」
父はもはや、恐怖で何も喉を通らなくなっていた。
一方、マデリーンはヴィルヘルムと入れ替えられた料理を一口食べた。
「…………美味しい」
口の中に広がる柔らかい肉の旨味に、彼女は頬を緩ませた。
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