51 家族の晩餐
夜になり、父と異母弟が帰宅した。
結婚前に過ごした部屋で休んでいたマデリーンは、準備を整えると、晩餐室まで向かった。
セヴェランス公爵邸を訪れたのは、およそ三十年ぶりだった。
前世のマデリーンは実家を居心地悪く感じていたため、頑なに帰省しようとはしなかった。今回もそのつもりでいたはずだが、気付けばここへ来ることになってしまっていた。
晩餐室の扉の前に立つと、彼女は自然と暗い気持ちになった。
しかし、前世のように弱々しい姿でいるわけにはいかない。彼女は変わったのだ。どんなときも、弱気でいてはならないのだ。
「――失礼します」
彼女は背筋をピンと伸ばし、扉を開けて中に入った。
晩餐室に一歩足を踏み入れると、ずいぶん懐かしい顔が目に入った。
「……」
正面に座っているのは実父のセヴェランス公爵、その右斜め前に義母、左には異母弟がいた。
全員最後に見たときよりも、少しだけ年を取っている。
「――お父様、お久しぶりでございます」
「……」
父は眉をひそめたまま、返事をしなかった。
彼からすれば、マデリーンの存在は目の上のたんこぶのようなもの。
昔から、愛情を注がれたことは一度もない。無意識に母を重ねているのか、彼女もまた、彼の憎悪の対象だった。
「……早く座りなさい」
「はい」
いつもなら声を荒らげて追い出しているだろうが、マデリーンが王妃である以上、雑に扱うことはできないのだろう。
王妃という肩書きがこういうときに役に立ってくれるとは、思ってもいなかった。
マデリーンは義母の隣の椅子に腰を下ろした。
「姉上、本当に久しぶりですね」
「……エリック」
正面で微笑んでいたのは、異母弟のエリック・セヴェランス公爵令息だった。
父と義母の息子で、マデリーンと違って愛情をたっぷり注がれて成長した。
(……前に会ったときよりもちょっと背が伸びたかしら?)
三つ下のエリックは、まだ十六歳だ。
それでも顔つきはだいぶ大人になり、既にマデリーンよりも身長は高かった。
セヴェランスの血こそ流れていないが、執務面においてはかなり優秀で、既に父親の仕事を手伝っていると聞く。
「……元気そうで何よりだわ」
「姉上も。よからぬ噂が流れていたので心配していました」
エリックの言うよからぬ噂とは、マデリーンとヴィルヘルムの関係だろう。
噂ではなく事実なのだが、認めたら確実に叱責を受けるはず。そう思って、あえて肯定はしなかった。
「……心配しないで、王宮では元気にやっているから」
「そうですか……なら、よかったです」
エリックはそう口にしたが、疑惑の視線は向けられたままだった。
社交界にある程度出ている者であれば、彼女が王宮で置かれた状況を誰もが知っている。
そのとき、父がため息をつきながらフォークを強く机に置いた。
ガシャンッと、食器が音を立てる。マデリーンはビクッと肩を上げた。
「――男一人の心も掴めないとは、なんと情けないことか」
「……」
それは、マデリーンを非難する言葉だった。
お前に魅力がないのがいけない、お前の努力が足りないから陛下の心が側妃に移るのだと――わざわざ口に出さずとも伝わってくる。
「――まぁまぁ旦那様、そんなに言わなくていいではありませんか」
「お前……」
二人の会話に割って入った夫人が、父を宥めた。
「この子もさぞ悔しい思いをしていることでしょう。実家にいるときくらい、責めるのはやめにしませんか?」
「しかし……」
机の上に置かれたマデリーンの手を、夫人がギュッと握った。
その手の意味は昔から変わらない。
――お前は何も喋るな、ただじっとしていればいい。
彼女は手の握る強さで、マデリーンの行動を制限していた。
苛立つ父を何とか宥めた夫人は、彼女の耳元で囁いた。
「――アンタ、いい加減にしなさいよね。誰が王妃にしてあげたと思っているの?」
「お、お義母様……」
ヴィルヘルムから毛嫌いされていたマデリーンが王妃となれたのは、義母の尽力のおかげだった。
彼女は義娘を王妃にし、さらなる権力を手に入れるため、ありとあらゆる手を尽くした。
先代の王に媚を売り、気に入られることで半ば強引にマデリーンをその座に就けた。
「父上、姉上に何を言ったところで無意味ですよ。出来の良い頭脳だけを買われて王妃になったようなものですから……」
「エリック……」
口を挟んだエリックは、マデリーンを軽蔑の眼差しで見た。
血の繋がった姉を馬鹿にするような瞳。エリックがマデリーンを見下すのは今に始まったことではなかった。
「――逆に言えば、そこ以外に取り柄がないんです。陛下の寵愛が別の女性に行くのも……時間の問題だったのではありませんか?」
「それもそうだな……」
父は呆れたようにマデリーンを見た。
最初から期待なんてしていなかったけれど、今回の件でとうとう失望したとでも言いたそうだ。
「あーあ、何やってんのよ……」
「……」
最初は庇っていた夫人も、マデリーンの現状を深く知ると、諦めたように彼女を見放した。
もはや、ここにマデリーンの味方はいなかった。
(……どうして忘れていたんだろう)
この状況、今まで何度も経験してきたことだった。最近あまりにも幸せだったせいか、すっかり自分の立場を忘れていたのだ。
蔑みの視線に耐えかねたマデリーンは、悔しさを滲ませながらも俯いた。
そのとき、外から突然声がした。
「――ちょ、ちょっと!あなた、急に入ってくるだなんて無礼ではありませんか!一体何の用ですか!」
「道を空けろ!俺を誰だと思っているんだ」
その瞬間、晩餐室の扉が勢いよく開けられた。
室内にいた全員が、一斉に開いた扉に注目した。
「――王妃、こんなところにいたんだな」
「…………陛下?」
何と、開いた扉の先に立っていたのは、いるはずのないヴィルヘルムだった。
読んでくださってありがとうございます!
ブクマ、いいね、評価などしていただけたら励みになります!




