50 犯した罪
マデリーンがセヴェランス公爵家へ帰省していた頃、ヴィルヘルムは落ち着かなくて王妃宮の傍までやってきていた。
「……早く次のボランティアの日にならないか」
彼は無意識にそんなことを呟いていた。
ヴィルヘルムがマデリーンに会える機会と言えば、週に一度ほど行われるボランティア活動以外にはない。
彼は毎週予定をキャンセルしてまで、マデリーンに会いにボランティアに参加していた。
不誠実な理由ではあるが、彼女に定期的に会うことで執務が捗るのだから、ダニエルは何も言えなかった。
本当はウィリーではなく、ヴィルヘルムとしてマデリーンに会いたかった。
しかし、そうすることはできない。
――自分が今まで、彼女にしてきたことを考えればとても合わせる顔がなかったからだ。
(マデリーン……お前は今までどうやってこの苦しみに耐えていたんだ?)
彼は一度も人を愛したことがなかったから、わからなかった。
「……ここへ来たところで、恋しさが増すばかりだな」
マデリーンは数日は王宮に帰らない。
彼女の暮らしていた王妃宮を訪れることで寂しさも癒えるかもしれないと思ったヴィルヘルムだったが、逆効果だった。
むしろ、彼女がこのまま永遠に帰ってこないのではないかという不安が胸をざわつかせた。
自身の気持ちに気付いてからというもの、目を閉じるたびにマデリーンの顔が脳裏に浮かび上がった。
数日前、ウィリーとしてマデリーンとボランティアに参加していたときの休憩時間。
『―――ウィリー卿、見てください。土の中からダイヤモンドが摂れましたよ!』
『……ただの石だろ』
茶色い土にまみれた大きな石を取り出したマデリーンは、満面の笑みで言った。
どう考えてもただの石ころにしか見えないその物体に、ヴィルヘルムは冷静に真実を告げた。
マデリーンはがっかりした顔をしながらも、優しい手つきで石を元の場所に戻した。
『やっぱり、ダイヤモンドが眠ってるなんて話はただの噂に過ぎなかったんですね』
『……ダイヤモンドなんて見つけてどうするつもりだ?』
わざわざ自力で探さずとも、俺がいくらでも買い与えてやるのに。
なぜそんなことにいちいち躍起になっているのか、ヴィルヘルムは理解できなかった。
そんな彼に、マデリーンは穏やかな笑みを浮かべながら口を開いた。
『もし、ダイヤモンドを見つけたら……貧しい地域の人々にあげたいんです』
『……何だと?』
貧困地区にいる人間は、まずダイヤなんて見たことがないだろう。
マデリーンはそんな彼らに美しい本物のダイヤモンドを見せてあげたいという。
『その後はダイヤモンドを売ってお金に換えて……少しでもその人たちの生活の足しになればいいなって』
『……』
そう口にしたマデリーンの瞳は、この世界にいる誰よりも透き通っていた。
ヴィルヘルムは彼女を色眼鏡で見ていた少し前の自分を呪いたくなった。
彼女との思い出が頭を駆け巡る中、ヴィルヘルムは自らの住む本宮まで戻ってきた。
廊下の突き当たりを曲がろうとしたその瞬間、向かい側にいた騎士の話し声が耳に入った。
「――王妃陛下がいないだなんて、何か気が楽だよな」
「……」
突如出てきた王妃という言葉に、彼は思わずその場で足を止めた。
「あの人、ちょっとしたことですぐ怒って周囲に当たり散らすもんな」
「そうそう、標的が俺に向くことあるんだからたまったもんじゃねえよ」
彼女が悪く言われているその状況に、ヴィルヘルムはいたたまれなくなった。
マデリーンが荒れていたのは、紛れもなく彼が冷遇したせいだったからだ。
やり直せるのならやり直したい。
時間を戻せるのなら巻き戻して彼女を幸せにしたい。
全て、叶わない願いだった。
「ところで、王妃陛下はどちらにいらっしゃるんだ?」
「実家のセヴェランス公爵家に帰っているんだと……王宮へ戻ってくるときにはいつもより荒れてるだろうよ」
面倒くさそうに言った彼に、もう一人の騎士が不思議そうに尋ねた。
「どういう意味だ?久々に実家に帰って羽根を伸ばすのは良いことではないか?」
「お前、知らないのか?」
尋ねられた騎士は、ニヤリと口角を上げた。
セヴェランス公爵家の秘密は公には知られていないが、実は一部の情報通な人間は何度か耳にしたことがあった。
「――セヴェランス公爵夫妻は王妃陛下を幼少期から虐待していたんだと……」
「……」
ヴィルヘルムは息を呑んだ。
「何だって?そういえば……公爵夫人は元々公爵の愛人で、王妃とは血が繋がっていなかったな」
「そうだな……そう考えると王妃陛下も身勝手な親の犠牲になった被害者だな……」
騎士たちは噂話をしながら、その場から立ち去って行った。
声はだんだん遠くなり、すぐに何も聞こえなくなった。
「……」
ヴィルヘルムはそこから動くことができず、ただじっと立ち尽くしていた。
(……マデリーンは、両親から虐待を受けていたのか?)
彼は彼女に興味がなく、セヴェランス公爵家の秘められた事情を全く知らなかった。
虐待をする両親と、マデリーンが一緒にいる。そう思うと、彼はいてもたってもいられなくなった。
―――今すぐ、彼女の元へ行かなければ!
駆け出したヴィルヘルムは馬を走らせ、急いでセヴェランス公爵邸へと向かった。
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