49 セヴェランス公爵家の秘密
セヴェランス公爵家より、マデリーンに返事が届いた数日後。
彼女はたった一人で、ある場所を訪れていた。
「よく来たわね、マデリーン」
「……お久しぶりでございます、セヴェランス公爵夫人」
今日マデリーンが会っていた相手は、義母であるセヴェランス公爵夫人だった。
実母の死後、何の抵抗もなく後釜に収まった父親の元愛人。彼女を前にするたびに、複雑な気持ちになる。
マデリーンは昔から彼女のことが好きではなかった。
彼女が公爵夫人となった経緯を考えれば当然のことだろう。
マデリーンとは似ても似つかない紅の髪を揺らしながら、夫人は微笑んだ。
「元気にしていたかしら?手紙くらい送ってくれたらいいのに」
「……王妃というのは、忙しいんです。送る暇もありませんでした」
「だからといって、一年もの間育ての母親に連絡もないっていうのはどういうこと?」
夫人は不満を隠しきれないように眉をひそめた。
よく彼女が飛び出す育ての母親という言葉が、マデリーンは気に入らなかった。
「……お義母様、申し訳ございません。王妃として、やるべきことがたくさんあったので」
「そう、あなたは昔から要領が悪い子だから仕方がないわね」
義母が何かにつけてマデリーンを詰るのは、今に始まったことではなかった。
義理の母親から罵倒を浴びせられて生きてきた彼女は、いつの間にか人を罵倒する側になっていた。
血が繋がっていないというのに、目の前にいる夫人は自分に似ていると感じた。同族嫌悪というやつだろう。
「そんなんだから卑しい男爵令嬢に陛下の寵愛を奪われてしまうのよ?公爵令嬢ともあろう者が男爵家の女に負けるだなんて……血は争えないのね」
「お義母様……」
マデリーンの実母もまた、平民だった義母に父の寵愛を奪われてしまった。
彼女の最期を間近で見ていたマデリーンは、膝の上に置いていた拳を握りしめた。
一ヵ月――母の死後、父が愛人と再婚するまでの期間だ。
母の無念を思えば、マデリーンは二人を絶対に許すことができなかった。
そんな彼女の気持ちに気付いているのかいないのか、夫人は口角を上げた。
「まぁ、久々の帰省だし……今日から数日間はゆっくりしていけばいいわ。たまにくらい、夫から離れる時間が必要よ」
「……ありがとうございます、夫人」
マデリーンは礼を言うと、そそくさと夫人の前から立ち去った。
***
セヴェランス公爵邸の廊下を歩いていたマデリーンの頭には、幼少期の記憶が蘇っていた。
父は母とマデリーンを憎んでいて、家族は夫人と異母弟だけだと常日頃から口にしていた。なぜ、彼は妻と娘を憎悪していたのか。
実はマデリーンの両親が結婚した経緯は、かなり複雑だった。
彼女の父親であるセヴェランス公爵には、公爵家の血が流れていない。いわゆる、婿養子というやつだ。
セヴェランス公爵令嬢だった母の心を掴み、彼は伯爵家の次男という地位から公爵にまで成り上がった。
父は十歳近く年下で恋愛経験のない無垢な少女を誑かし、狙い通り公爵の地位を手に入れたのだった。
結婚当初、母は十八歳、父は二十七歳だった。
最初は適当に愛していると言いながら母のご機嫌を取っていた父だったが、次第に愛が重くなると、彼女を煩わしく感じるようになった。
母は父を運命の相手だと信じ、束縛した。
そんな彼女から逃げるように父は家に帰らなくなり、外に女を作った。
母への感情はいつの間にか憎しみへと変わり、その対象にはマデリーンも含まれるようになった。
マデリーンは父と会うだけで罵詈雑言を浴びせられた。それでもいつかは愛してくれるのではないかと期待していたが、彼は最後まで彼女のことなど気にかけなかった。
父が愛人と再婚してから、マデリーンは広い屋敷に一人ぼっちとなった。
義母は権力欲の強い人で、自分の息子を公爵に、そしてマデリーンをより地位の高い相手と結婚させようと躍起になっていた。
父も愛する女の子どもを後継者にしたかったのか、セヴェランスの血を引くマデリーンではなく、異母弟が次期当主となった。
もちろん、伯爵家の次男と平民の女の息子がただで当主になれるわけはなく、セヴェランス公爵家の傍系との結婚が条件ではあるけれど。
「ホンット、勝手な人よね。あなたがお母様を誑かしたからあんなふうになったんでしょう?」
マデリーンはソファに腰を下ろしながら呟いた。
まだ父と異母弟は帰ってきていないが、夜になれば家族全員が揃う。
二人もまた、マデリーンが帰ることを夫人から聞いているだろう。
「侍女を連れてくるべきだったかしら……」
夫人が指定した日、エマはちょうど急用でマデリーンについて来ることができなかった。
王家に仕える侍女たちに公爵家の隠された闇の部分を見せたくもなかったし、マデリーンは侍女を連れてはこなかった。
そのせいか、彼女は今妙にソワソワしていた。
どうしてこんなにも不安になるのだろうか。
何か、良くないことが起きてしまうような気がしてならないのだ――
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