48 新しい挑戦
側妃のお茶会が終わり、後宮を出たマデリーンは、ある人物と遭遇してしまった。
「…………陛下」
「――王妃」
ちょうど目の前から歩いてきたのは、ヴィルヘルムだった。
彼はマデリーンが出てきた後ろの建物にチラと視線を向けた。
「……後宮に行っていたのか?」
「ええ、側妃様のお茶会に招待されたんです……危害は加えていないので、ご心配なく」
「いや……疑っていない」
マデリーンが側妃のいる後宮と訪れるときは、いつも彼女を詰るときだと決まっている。
もちろんヴィルヘルムも知っていることだが、今日に限ってなぜか彼女を責めなかった。
彼がすんなりとマデリーンの言い分を信じるのはかなり珍しいことだった。
「茶会か……楽しかったか?」
本当のことを言うわけにもいかず、マデリーンは咄嗟に嘘をついた。
「ええ……そうですね、久しぶりに穏やかな時間を過ごせました」
「そうか、それはよかった」
彼女の返答に、ヴィルヘルムは嬉しそうに微笑んだ。
マデリーンに初めて向けられた、彼の優しい笑み。
(……どうして、そんな顔をするの?)
ソフィアの前でのみ現れる表情が、なぜマデリーンに向けられているのか。
彼女はその理由を知りたくなくて、彼から顔を背けた。
「それと……何か困ったことはないか?」
「困ったこと……でございますか?」
意外な言葉に、マデリーンは目を見開いた。
そんな彼女の反応もまた、彼にとっては愛おしいのか、口元の笑みが深くなった。
「ああ、望むことでも欲しいものでもいい。あれば何でも言ってくれ――お前の望みなら、できる限り叶えるから」
「……」
マデリーンは悩んだあと、ゆっくりと首を横に振った。
その返事に、ヴィルヘルムはショックを受けたようにそうか――と呟いた。
彼女はそのまま一礼し、彼の前から立ち去って行った。
何の未練もなく彼の元を去るその姿を、ヴィルヘルムは呆然と立ち尽くしたまま見つめていた。
***
自室へ戻ったマデリーンは、夕食までの時間あることに集中していた。
「王妃陛下、一体何をなさっているのですか?」
手紙でも書いているのだと思っていた侍女は、彼女の手元の紙を覗き込んで尋ねた。
顔を上げたマデリーンは、何気ない様子で答えた。
「――あぁ、ちょっと暇だったから小説書いてたわ」
「……………しょ、小説?」
暇だったから小説書くとは?
なかなかに謎めいた行動の理由である。
マデリーンは優秀ではあるものの、ちょっぴり変わった人間だと侍女たちは内心思っていた。
「どのような小説を書いていらっしゃったんですか?」
「それがね……じゃんっ!」
手元にある何十枚にもなる原稿を、マデリーンは侍女たちに見せるように顔の位置まで持ち上げた。
侍女は、原稿の最初に書かれていたタイトルを声に出して読み上げた。
「………転生悪女のやり直し計画?」
「どう?売れると思わない?」
マデリーンが執筆していた小説は、罪を犯して処刑された悪女が回帰し、真っ当な心を持ってやり直すというものだった。
処刑という前世の結末以外は、まさにマデリーンそのものだった。
原稿を読んだ侍女の一人が呟いた。
「王妃陛下……文章がとてもお上手ですね」
「あら、そう?嬉しいわね」
マデリーンは元ストーカーでヴィルヘルムに千通ものラブレターを送っていたという過去がある。
そのため、謎にポエムのような文を考えるのが得意だった。
『彼を愛している。私の気持ちは永遠に変わることがない。たとえ、彼が自分を愛していなかったとしても――』
このような文を、ヴィルヘルムへの手紙で直接書いたこともあった。
今思えば、恥ずかしくてたまらない。
(日記ならまだしも、本人に送ったのが痛々しいわ……)
今は処分されているという事実だけが、不幸中の幸いである。
あんなものがまだこの世に存在していたら、たまったもんじゃない。
「陛下……なかなか面白い小説ではありませんか。回帰した悪女が前世の敵にやり返すシーンがとても爽快で……続きが気になりますね」
「やっぱり!あなたもそう思う!?」
侍女の褒め言葉に、マデリーンは嬉しそうに目を輝かせた。
「この原稿、出版社に送ろうと思ってるの」
「まぁ、陛下……作家デビューを希望されているのですか?」
最近になって孤児院を訪問したりボランティアに参加しているマデリーンだが、実は作家にまでなろうとしていた。
小説家としての才能があることに気が付いたのは、つい最近だったが。
「一度きりの人生、やりたいことをやらないともったいないでしょう?」
清々しいほどの笑顔でそう言ったマデリーンに、侍女たちは呆気に取られていた。
かつてどうしようもない悪女だった彼女だったが、今ではすっかり改心した。
神様が与えてくれた二度目の人生。
マデリーンは前世と違って、好きなように生きるつもりだ。
「早速出版社に送らないと。王妃ってことは隠したほうが公平な評価がもらえるわよね……」
原稿を送る準備をしていたマデリーンの元に、別の侍女がやってきた。
「――陛下、お手紙が届いております」
「……手紙?」
侍女から一通の手紙を受け取ったマデリーンは、差出人を確認した。
そこに書いてあった名前に、彼女の気が一瞬にして重くなった。
「………セヴェランス公爵家」
――それは、セヴェランス公爵家からの返事だった。
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