45 セカンドキャリア
数時間後、マデリーンはヘトヘトの状態で帰路についた。
「子供って何であんなに体力あるの?」
「遊ぶことが仕事みたいなものですから……」
疲れきった彼女に、馬車の中で正面に座っていたロベルタ伯爵は苦笑いした。
マデリーンが孤児院にいる子供たちと遊ぶとは、彼も想定外だった。
「疲れたけど……でも――結構楽しかったなぁ」
マデリーンは夕焼けを見つめながら、何気なく呟いた。
もし、自分に子が生まれたらあんな感じなのだろうか。
マデリーンは前世では、当然ヴィルヘルムとの子を産むことになると思っていた。
いくら彼が自分を気に入らなくとも、義務は果たすはずだと信じていた。
しかし、彼は彼女に指一本触れることはなく、別の女性との間に子を作った。
ソフィアと愛に満ちた家庭を築いた彼は、きっととても幸せだっただろう。
「何だか私も……子供が欲しくなってきちゃったな」
「陛下……」
心の奥に秘めていた本音が、つい言葉に出ていた。
「あ、今の発言は聞かなかったことにしてちょうだい……ただ、何となく言ってみただけだから」
「陛下がお望みであれば、そういたします」
マデリーンが置かれている状況を知らない貴族はいない。
彼もまた、彼女の冷遇を知っていたため、何も言うことができないのだろう。
馬車はロベルタ伯爵邸に到着し、伯爵はそこで降りた。
「伯爵、今日はありがとう。とっても良い経験ができたわ」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
ロベルタ伯爵を降ろし、馬車は王妃宮へと向かった。
馬車の中では、マデリーンとエマの二人きり。
「ところで、ちょっと思ったんだけど!」
「陛下?」
二人になった途端、マデリーンは興奮気味でエマに話しかけた。
「――私、養護施設の職員になるってのもアリだと思わない!?」
「…………陛下、何言ってるんです?」
彼女は今回、思わぬ形で離婚後のセカンドキャリアを見つけてしまった。
侍女から文官になり、文官から施設の職員に変わる。どれも高位貴族の令嬢がなりたがるとは思えないような職業だった。
「子供があんなに可愛いとは思ってもみなかったの!私、あそこの施設でなら長く働けるような気がしてならないわ!」
「……」
そんなマデリーンを、エマは呆れたような目で見ていた。
回帰してから何かとセカンドキャリアを探しているマデリーンだった。
エマはそんな彼女の行動を不思議に思っていたものの、理解できないわけではなかった。
「離婚されることを前提に物事を考える王妃はきっとこの世で陛下くらいですよ」
「あら、未来のことはきちんと考えておいたほうがいいでしょう?」
マデリーンはニッコリと笑った。
何かある前に、準備をしておかなければならない。
***
その後、ロベルタ伯爵からマデリーンの元にあるものが届いた。
お礼の品物である香水と、一通の手紙だった。
「あら、この名前……あの孤児院にいた子からだわ」
見覚えのある名前に、マデリーンの表情が明るくなった。
手紙を開くと、遊んでくれたことに対するお礼が短く書かれていた。
子供の手紙で胸がほっこりする日が来るとは、マデリーンは思ってもいなかった。
彼女は手紙を封筒に戻すと、伯爵からのプレゼントである香水を手首に吹きかけた。
「あら、とっても良い香りね……」
ロベルタ伯爵夫人は敏腕実業家である夫に負けず劣らず、香水の事業を広く展開させていた。
今回のプレゼントはきっと伯爵夫人が用意したものだろう。
「そうだ、陛下から貰った薔薇がたくさん残ってたわね……香料として使えないかしら」
マデリーンはヴィルヘルムから数百本にもなる薔薇の花を、香水の原料として夫人に渡すことを決めた。
飾る場所に困っていたし、陛下も贈り物が何かの役に立ってくれるなら嬉しいはずだと信じて。
「……王妃様、陛下が悲しまれるのでは?」
「あら、そうかしら?」
ちょうどこの頃、フレデリックとヴィルヘルムの騒動は王宮で広まりつつあった。
そのため、使用人たちの間ではヴィルヘルムの気持ちに気付いている者も少なからずいた。
「ロベルタ伯爵夫人とはこの先も関わることになりそうなの。できるだけ良い関係を築いたほうが良いと思わない?」
「それはそうですが……」
ヴィルヘルムが不憫すぎて目も当てられない。
部屋にいた侍女たちは彼のことが好きではなかったが、今回ばかりは同情せざるを得なかった。
(今度一度夫人とも会ってみよう……良い経験ができるかもしれないし)
常日頃から離婚に備えてセカンドキャリアを探しているマデリーンは、できるだけ多くの仕事を体験してみたいと思っていた。
彼女がこの機会を逃すはずもなく、目がギラリと輝いた。
***
「……」
「陛下?どうかいたしました?」
その頃、執務室で仕事をしていたヴィルヘルムは妙な悪寒を感じていた。
夏であるにもかかわらず、なぜか肌寒い。
「何か寒気が……」
そんな彼を、ダニエルは呆れた目で見た。
「陛下、王妃陛下に会いたくて仮病まで使うおつもりですか?」
「ち、違う!そんなことではない!」
彼はその寒気の正体を、永遠に知らないままだった――
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