44 孤児院の訪問
翌日、マデリーンはヴィルヘルムから許可を得てロベルタ伯爵邸を訪れていた。
「ご機嫌よう、ロベルタ伯爵」
「王妃陛下にご挨拶申し上げます」
目の前で膝をつくロベルタ伯爵に、マデリーンは優しく声をかけた。
彼女が今いるのは、ロベルタ伯爵邸の一室――客人を迎える応接間だ。
(伯爵は質素な人だと聞いていたけれど……どうやら本当のようね)
ロベルタ伯爵邸には普通の貴族の邸宅に置かれているような絵画や高級家具がほとんど見当たらなかった。
事業をいくつも展開させている彼は十分裕福なはずだが、高級品を好まないことでも知られていた。
自身の財力をこれでもかと誇示する貴族たちとは大違いである。
「今日はあなたと話をしたくてここまで来たのよ」
マデリーンと伯爵は、客間のソファに向かい合って座った。
「――実は、伯爵が行っている事業に興味があるの」
「王妃陛下に興味を持っていただけるだなんて……光栄です」
ロベルタ伯爵は驚いたように目を見開いた。
彼が行っている犯罪歴がある者の就労支援は、他の貴族たちには到底理解できないようなものだったからだ。彼自身も、今まで何度も偏見の目で見られたことがある。
犯罪者の味方をしているだとか、彼自身が犯罪を犯したことがあるというデマまで流れていたこともあった。
そんな伯爵にとって、自身の事業に興味を持ってもらえるというのは純粋に嬉しかった。それも、王国でも最も身分の高い女性である王妃から。
「よければ、どのようなことをしているのか聞かせてくれないかしら?」
「ええ、もちろんです」
マデリーンの質問に、伯爵は嬉しそうに頷いた。
伯爵は孤児院などの福祉施設をいくつも運営しており、身寄りのない子供の保護や社会的弱者の就労支援に力を入れている。
彼は王都の警備隊を務めていた頃、ルバーニ王国の裏の面を何度も見ていた。
激しい貧富の差など、王国が置かれている現状を知った。
伯爵はそんな現状を目の当たりにし、自分がいかに恵まれていたのかを悟った。
それから彼は退職後に事業を起こし、そのような境遇にある人々を救うことを決めた。
マデリーンはそんな伯爵の考えに、感銘を受けた。
「綺麗事だと思われてしまうかもしれませんが……困っている人々を助けたいんです……」
彼のような考えを持つ貴族が増えたら、国はきっと変わるだろう。
伯爵はマデリーンが今まで見てきたどの貴族よりも素晴らしい人だった。
彼女が今回、伯爵邸を訪れた理由はただ一つ。
マデリーンは俯いた伯爵の手を、両手で強く握った。
「――あなたの活動をぜひ、支援させていただけないかしら」
「ほ、本当ですか……?」
伯爵は衝撃を受けているのか、目を見張ったまま固まった。
王妃である彼女が伯爵の事業を支援するだなんて、普通ならばあり得ないことだった。
事業を行っている貴族は多いが、彼のような社会福祉をメインにする者はほとんどいない。
そのような珍しさが、マデリーンの目を引いた。
(前世では、最後までこんな考えは持たなかったなぁ……)
ロベルタ伯爵は、前世のマデリーンが亡くなった頃と同じくらいの年齢だろう。
最後の最後で自らの罪を悔いた彼女だったが、結局どうすることもできないまま生涯を終えた。
「伯爵、私と一緒にもっと事業を展開させましょう」
「はい、王妃陛下!」
伯爵は彼女の手を握りしめ、二人は固く握手を交わした。
***
その後、マデリーンはロベルタ伯爵と共に彼が運営する養護施設を訪問していた。
「ロベルタ伯爵様、よくおいでくださいました」
「ああ」
二人を出迎えたのは、施設の園長だった。
穏やかな雰囲気を纏わせた、二十代後半と思しき若い女性である。
ロベルタ伯爵に挨拶を終えたあと、彼女は後ろにいたマデリーンに視線を移した。
「そちらにいらっしゃる方は……?」
「こちらの方は、マデリーン王妃陛下だ」
「お、王妃陛下!?」
園長は慌てて地面に膝をついた。
当然だろう。彼らは平民であり、王族と関わる機会なんてほとんどないに違いない。
「まぁまぁ、そんなに堅くならないで。立っていいわ」
「は、はい……」
園長はゆっくりと立ち上がった。
土に触れたせいで、白いスカートが汚れてしまった。
「あなたのことは聞いているわ。若いのによくやってくれているわね」
「お、お褒めにあずかり光栄です……!」
ふと彼女の後ろに視線を向けると、物珍しそうにこちらを見つめる子供たちが目に入った。
おそらくこの施設に引き取られた孤児たちだろう。
彼らは事故で親を失った者や、両親からの虐待に遭っていてここへ来ている。
マデリーンも幼い頃に母親を失っているせいか、何だか昔の自分を見ているようだった。
――そのとき、一人の幼い女の子がマデリーンの手を掴んだ。
「お姉ちゃん!一緒に遊ぼうよ!」
「こ、こら!この方を誰だと思ってるの!」
慌てて引き離そうとする園長を、マデリーンは制した。
「気にしないで、私も久しぶりに運動したかったし」
「で、ですが陛下……」
マデリーンは羽織っていた上着を脱ぐと、侍女に預けた。
比較的動きやすい格好になった彼女は、そのまま女の子の提案を受け入れた。
「ええ、いいわよ。何して遊びましょうか」
「鬼ごっこ!」
一目散に駆けて行く子供たちを、マデリーンは追いかけた。子供と遊ぶなんて、マデリーンにとっては初めての体験である。
あまり子供が好きではなかった彼女だが、関わってみると可愛いものだ。
そんな彼女の姿を、伯爵も園長も微笑ましい目で見ていた。
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