42 忠告
ヴィルヘルムが王妃宮へ急いでいた頃、マデリーンは彼が来ることなど知る由もなく、フレデリックと話し続けていた。
「それで、最近は料理にハマっているんです」
「まぁ、騎士が料理だなんて珍しいわね。一体どんなものを作るの?」
同い年であるせいか、フレデリックとの話は弾んだ。
ヴィルヘルムにはない話しやすさや気軽さというものが、彼との間にはたしかに存在していたのだ。
「大したものではありませんよ。実は、王妃陛下が作ったサンドイッチがどうしてももう一度食べたくて……似たようなものを作ってみたんですけど、何かしっくりこないんです」
「そうだったのね……」
フレデリックがマデリーンのお手製サンドイッチを作っていたとは、驚きだ。
そんなに忘れられない味だったのだろうか。
自分の手料理を褒められると、やはり嬉しいものだ。
すっかり気分が良くなってしまったマデリーンは、鼻高々に言った。
「そうねぇ、そこまで食べたいって言うんだったら……特別にレシピを伝授してあげてもいいわよ」
「ほ、本当ですか……!?」
フレデリックは嬉しそうに目を輝かせた。
彼にとってマデリーンの作ったサンドイッチは、今までで食べた中でもトップ十に入るほどだったからだ。
「ぜひ、教えていただきたいです!王妃陛下!」
「いいわよ……まずはね……」
マデリーンは彼に近づき、耳元にそっと顔を寄せた。
―――彼女が口を開きかけたそのとき、突然低い声が二人の間に割って入った。
「………こんなところで、一体何をしている?」
「……?」
聞き覚えのある声に、マデリーンとフレデリックは同時に振り返った。
そこに立っていたのは――
「……………陛下?」
ヴィルヘルムが、額に青筋を立ててこちらを睨んでいた。
彼の姿を見たマデリーンは、慌ててフレデリックから距離を取った。
もしかして、今の姿を見ていたというのか。
マデリーンの顔色が青くなっていく。
「ど、どうしてここに……!」
「陛下……」
呆然と立ち尽くすフレデリックに、ヴィルヘルムは厳しい目を向けた。
「王である俺を前に、挨拶すらしないのか?」
「……!」
その言葉でフレデリックは我に返り、慌てて地面に膝をついた。
胸に手を当て、臣下の礼を執った。
「国王陛下にご挨拶申し上げます。ご機嫌いかがでしょうか」
「……お前、名前は何だ?」
フレデリックに向けられたヴィルヘルムの目は、氷のように冷たい。前世のマデリーンに注がれていたものとは比べ物にならないほどだ。
名前を尋ねられ、彼は何とか冷静を保って答えた。
「フレデリック・ノートンと申します」
ヴィルヘルムはフレデリックと名乗った彼を凝視した。
「……その顔、見覚えがあるな。近衛騎士団で修行をしていた従者か」
「……はい、陛下」
マデリーンはソワソワした気持ちで二人を眺めていた。
ヴィルヘルムのは今すぐにでも彼に手を出してしまいそうだった。
「……俺の王妃と何を話していたかは知らないが、ずいぶん仲が良さそうだな」
そこで、ヴィルヘルムは近くにいたマデリーンに目を向けた。
彼の冷たい視線を浴び、彼女はビクリと肩を上げた。
(俺の王妃だなんて……陛下にはソフィアがいるはず……)
彼を深く愛する側妃のソフィアが今の発言を聞いたら、きっと悲しむだろう。
そんな彼女の気持ちなど気にも留めず、ヴィルヘルムは言い放った。
「ノートン卿、お前はしばらく謹慎だ。さっさと連れて行け」
「はい、陛下」
ヴィルヘルムは自身の護衛騎士に命じ、フレデリックは罪人のように両脇を抱えられて連れて行かれた。
少し親しくしていただけでやりすぎだと、マデリーンは彼に抗議しようとした。
「ちょ、ちょっと待ってください!陛下!」
「……王妃」
マデリーンは、そのまま去ろうとしたヴィルヘルムの前に、立ちはだかった。
彼の前に出るのは初めてのことではなかったが、どうして今はこんなにも胸が張り裂けそうになるのだろうか。
ヴィルヘルムの視線を受けながら、彼女は何とか言葉を紡いだ。
「謹慎なんて……いくら何でも重すぎるのではありませんか?」
「王妃……本気で言っているのか?」
彼女の発言が気に入らなかったのか、彼は眉をひそめた。
おそらく、マデリーンがフレデリックを庇ったのが不快だったのだろう。
「陛下……彼は叙任式を控えているんです。どうか、叙任式までには……」
「……叙任式があるだと?」
それを聞いたヴィルヘルムは、ニヤリと口角を上げた。
「――なら、アイツの叙任式を無しにしよう」
「陛下!」
マデリーンの脳裏に、騎士になれることを喜んでいたフレデリックの顔が浮かんだ。
彼女は懇願するように、ヴィルヘルムの服を掴んだ。
「陛下、お願いです……やめてください……ノートン卿には何の非もありませんから……」
「……」
彼女の身体が小刻みに震えていることに気付いたのか、ヴィルヘルムは徐々に正気を取り戻した。
「……俺も我を忘れていたようだ」
「……」
彼は彼女の手を振り払った。
以前のように荒い手つきではなく、そっと優しく。
ヴィルヘルムはマデリーンを見ることなく、彼女に告げた。
「王妃、俺の前で他の男を擁護しないでくれ」
「陛下……?」
「次……そういうことをされたら、俺も正気ではいられないだろう」
それはまるで、忠告のようだった。どうしてそんな悲しそうにしているのだろうか。
ヴィルヘルムはそれだけ言うと、振り返ることなく王妃宮を去って行った。
――その後ろ姿は、なぜかとても弱々しく感じられた。
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