40 薔薇の花束
王家主催の舞踏会が終わってからというもの、ヴィルヘルムの様子がおかしい。
「王妃陛下、国王陛下からお花が届いておりますよ」
「……薔薇の花束?どうしてまた急に……」
侍女の腕に抱えられてたのは、真っ赤な薔薇の花束だった。
その数、ざっと見ても百本はあるのではないだろうか。
「とりあえず、テーブルに置いといて。ずっと持っていると重いでしょう?」
「陛下ったら、なんてロマンチックなんでしょうね」
侍女はフフフッと笑みを溢した。
普通の男性ならロマンチックに思うところだが、相手はヴィルヘルムだ。
素直には喜べないというのが、マデリーンの本音だった。
「こんなにもたくさん、どうしろって言うのよ……」
マデリーンはテーブルの上の花束に、困惑していた。
前の舞踏会のときも、ヴィルヘルムはいつもと様子が違った。
マデリーンはできるだけ気にしないように生きたかったが、こうも自分に関わってくると気にならないわけがなかった。
明らかに前世とは違うことが起きている。彼女自身、理解が追い付いていなかった。
「――王妃陛下が変わられたので、国王陛下も興味を抱かれているのでは?」
「エマ……」
マデリーンの疑問に答えるように割って入ったのは、エマだった。
(今になって興味を抱かれても……私にはどうすることもできないわ……)
既にマデリーンの中で、ヴィルヘルムへの思いはない。
そのせいか、彼女はエマの考えを根本的に否定した。
「陛下とは二度と関わらないと、回帰したときに決めたのに……」
マデリーンはどうしても、花を自室に飾る気にはなれなかった。
愛情という花言葉を持つ赤い薔薇。どうしても、自分には相応しく無いと感じてしまうのだ。
「陛下……そういえば、もうすぐ国王陛下のお誕生日ではありませんか?」
「誕生日……そうだったわね」
そこでマデリーンは、数週間後にはヴィルヘルムが誕生日を迎えることに気が付いた。
本来、王族が誕生日を迎える際、国を挙げてその日を祝う。
王家主催でパーティーを開き、貴族たちは必ず贈り物を用意する。王都には国旗が掲げられ、全員が気高き王族の生まれた日を祝うのだ。
しかし、ヴィルヘルムはそのような祝いの場があまり好きではないため、国王になってからは一度も開いたことがなかった。
それどころか、彼は誕生日になるといつも公に姿を現わさなくなる。
(……やっぱり、母親の命日だからあまり外に出たくないのかしら)
ヴィルヘルムの産みの母親は、彼を出産すると同時に亡くなっている。
つまり、彼の誕生日が実母の命日だった。もしかすると、彼は母の命日を気にしてパーティーを開いていないのかもしれない。
マデリーンも目の前で実母を失っているせいか、彼の辛い気持ちが不思議と理解できた。
「陛下、プレゼントを用意しないといけませんね」
「そうね……何にしようかしら」
マデリーンは悩む素振りを見せながらも、それほど真剣には考えなかった。
以前は愛を込めて刺繍入りのハンカチなどを贈っていたが、今世に入ってから忙しい日々を送る彼女にそんな時間はなかった。
「まぁ、まだまだ時間はあるわけだし……そんなに急ぐようなことでもないわよね」
「そうですね、陛下」
「その通りですよ、国王陛下のことはできるだけ考えなくていいと思います」
侍女たちは基本的にマデリーンの味方である。
前世ではマデリーンの横暴に耐えられなくて辞めて行った彼女たちだが、今世は心優しいマデリーンを尊敬するようになった。
そのため、王妃宮にいる使用人たちはほとんどがヴィルヘルムアンチだった。
優しい王妃を冷遇する、酷い王。もはや王妃宮に彼の味方はいない。
一度部屋を出たマデリーンは、王妃宮の廊下を歩いた。
その道中、彼女はある人物と出くわした。
「……あら、あなたはたしか」
「王妃陛下!こんなところで会うなんて奇遇ですね!」
――マデリーンがたまたま出会ったのは、前にクッキーをあげた騎士のフレデリック卿だった。
フレデリック卿は平民出身で、マデリーンとはたまたま同い年の騎士見習いだ。近衛騎士団の下で騎士を目指し、日々鍛錬に励んでいた。
「元気にしてたかしら?何だかとっても久しぶりに感じてしまうわ」
「もちろんです」
マデリーンはあれからも時々騎士団を訪れていた。
命を懸けて国を守る者たちを気にかけるのは、上に立つ人間として当然のこと。
「実は私、今回正式に従者から一般騎士になることが決まったんです」
「あら、そうだったの?おめでとう!」
マデリーンはパチパチと両手を叩いて拍手をし、フレデリックの出世を祝った。
「近いうちに叙任式が行われるので、王妃陛下にどうしても伝えたくて……」
「そうだったのね。あなたの叙任式、楽しみにしているわ」
「陛下……ありがとうございます」
彼女の笑顔に、フレデリックは頬を赤く染めた。
彼の努力が報われたことを知り、マデリーンは純粋に喜んだ。
「私、もっと努力いたします。王妃陛下を守れるように……」
「そう、期待しているわ」
マデリーンはフレデリックの肩を手でポンポンと叩いた。
何気ない彼女の行動に、フレデリックの顔はさらに真っ赤になった。
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