39 違和感
公爵とのダンスを終えたマデリーンは、席へ戻る前にある光景に目を留めた。
「――あらやだ、あなたったら。ご自分の立場が恥ずかしくないのかしら?」
「……」
彼女の視界の端に映ったのは、側妃ソフィアを取り囲んで詰る令嬢たちの姿だった。
側妃ではあるものの身分の低いソフィアは、高位貴族の令嬢たちから見下されていた。
「王妃陛下が会場にいるというのに、よくも堂々とこんな場所へ来れましたわね?」
「や、やめてください……私のお腹には陛下との子がいるんです……」
彼女たちのその行動は、かつてマデリーンがソフィアやその他令嬢にしていたこととそっくりだった。
まるで昔の愚かな自分を見ているようで、マデリーンは放置しておくことができなかった。ソフィアのためにも、彼女たちのためにも、止めるべきだ。
気付けば、マデリーンはソフィアを守るように彼女の前に立っていた。
「――何をしているの、やめなさい」
「お、王妃陛下……!?」
予期せぬ人物の登場に、令嬢たちは驚いた。
他の誰かならともかく、ヴィルヘルムの正妻であるマデリーンがソフィアを庇うだなんて。とても信じられなかった。
「陛下……あの女は身の程知らずです。王妃陛下より先に国王陛下の子を妊娠するだなんて……」
「あら……私のためを思って言ってくれていたのかしら?あなたってとっても優しいのね」
令嬢の顔をよく見ると、彼女はかつてマデリーンの取り巻きの一人だった。
取り巻きと言っても、マデリーンのことを慕っていたというわけではない。
『マデリーン様はとっても素敵ですわ――もっと濃いメイクをすれば、きっと王太子殿下に振り向いてもらえるでしょう。殿下は派手な装いの女性が好きだそうですよ』
耳元で囁かれた彼女の言葉が、脳内に蘇った。
マデリーンはその助言を真に受け、メイクを濃くした。
――ヴィルヘルムが派手な装いなど好まないことを、マデリーンはずいぶん後になって知った。
彼女は最初から、マデリーンを貶めて笑い者にしようとしていたのだ。
マデリーンはそんなこと知る由もなく、彼女だけが理解者だと疑うことさえしなかった。
「あなたがそこまで私のことを思っていてくれたなんて、知らなかったわ」
「へ、陛下……」
マデリーンの表情の変化を感じ取ったのか、彼女は顔を引きつらせた。
「ありがたいけど、余計なお世話よ。私はあなたに守られるほど、弱くはないから」
「……何を」
「――陛下の子を身籠る側室を貶めるだなんて、身の程知らずはどちらかしら?」
マデリーンはニッコリと笑い、そのままソフィアの手を引いた。
「お、王妃陛下……!?」
「それじゃ、私たちは失礼するわね。あなたに構っていられるほど暇ではないから」
ソフィアを引きずるように、マデリーンは彼らの前から立ち去った。
王妃の警告がよほど効いたのか、ソフィアを詰っていた令嬢たちは大人しくなった。
「何とかなったわね」
「王妃陛下、ありがとうございます……」
ソフィアは驚きながらも、助けてくれたことの礼を言った。
マデリーンは自分よりも背の低い、小柄な彼女を見下ろした。
「いえいえ、気にしないで。当然のことをしたまでだし」
「それでも……陛下に助けられたのは事実ですから」
先ほどの一件で、ソフィアのマデリーンに対する印象はガラリと変わったようだった。
マデリーンは彼女の膨らんだお腹を見つめながら口を開いた。
「お腹の子に何かあったら大変だから、安静にしてないと」
「陛下がそこまでこの子のことを思ってくださるなんて、嬉しいです」
ソフィアは腹に手を当て、愛しそうに微笑んだ。
前世では憎んだことさえあった子だが、今はもう何とも思わない。
「陛下は……以前とはずいぶん変わられたようですね」
「……そうね、私も大人になってまともな考えができるようになったのよ」
「……………まとも?」
その言葉を聞いたソフィアが、一瞬だけ眉をひそめたように見えた。
「そうですか……陛下がまともになっただなんて――何だか少し残念ですね」
「…………どういうこと?」
意味がわからずに、マデリーンは尋ねた。
そんな彼女に、ソフィアはニコリと笑った。口元は笑っているが、よく見ると目に感情が無い。
こんな顔をする人だっただろうか。
「いえ、何でもありません。ただ、陛下が私たちのことを応援してくださって嬉しいという意味です」
「……」
ソフィアは慣れない様子でカーテシーをすると、そのまま彼女の前から去って行った。
そんな彼女の様子を見ていたマデリーンは、得体の知れない違和感を覚えていた。
(……彼女には、何か秘密がある)
マデリーンは、ソフィアの小さな背中が遠ざかっていく様をじっと眺めていた。
そんな彼女に、ある人物が声をかけた。
「――王妃、もうすぐ舞踏会が終わる。部屋まで送っていこう」
「あ……陛下……」
マデリーンに話しかけたのはヴィルヘルムだった。
彼はソフィアを含めた誰とも踊ることはなく、早々に戻ることを提案した。
多くの男性と踊ったこともあって疲れていた彼女は、ヴィルヘルムの差し出した手を取った。
「はい……陛下……」
重ねられた手を見たヴィルヘルムは、安心したように笑った。断られると思っていたのだろう。
先ほど見たソフィアの無感動な瞳が、いつまでも彼女の頭から離れなかった。
そして、マデリーンはこの先あらゆる陰謀に巻き込まれていくこととなる――
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