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夫から三十年も放置されましたので、お飾りの妻は平気です~今さら愛されても困ります~  作者: 春乃りぜ
第一章 回帰しました

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38 やきもち?

顔を上げると、目を合わせたヴィルヘルムがニッコリと微笑んだ。

黒い手袋をはめた彼の大きな手が、マデリーンの前に差し出されている。



意図がわからなくて、つい彼の顔をじっと見つめてしまう。

しかし、人の目がある以上、断るという選択肢はなかった。



「……ええ、よろこんで」



そう答えると、ヴィルヘルムの緊張で強張っていた顔が柔らかくなった。

マデリーンは彼の手を取り、ホールの中央まで向かった。



お互いにお辞儀をすると、再び手を取り合ってステップを踏む。

おそらく初めてであろう国王夫妻のダンスに、人々はざわついた。



「国王と王妃がダンスをしているぞ……」

「嘘……何かの間違いでしょう?」

「今日の王妃はハーツホーン・ティアラも着けているし……一体二人の間に何があったというんだ?」



マデリーンは人々の噂から逃れるように、ヴィルヘルムに近づき、胸元のあたりで顔を隠した。

そんな彼女に、彼がビクッと肩を上げた。

ヴィルヘルムからすれば、手が触れ合っている今この瞬間もドキドキして仕方がなかった。



(まぁ、私たちは不仲で有名だから……そうなって当然よね)



マデリーンは前世で、何度も彼と参加した舞踏会を思い浮かべた。

一度もダンスを踊ってもらえなくて、一人惨めな思いをして椅子に座っていた。



――寵愛を得られないくせにその椅子に座っている恥知らずだと、人々は彼女を嘲笑った。

ヴィルヘルムとの苦い思い出だった。側妃が子供を産んでからは余計に……。



「――何を考えているんだ?」

「……陛下」



頭上から降り注いだ声に、マデリーンは我に返って顔を上げた。

ヴィルヘルムの黒い瞳と、目が合った。彼はなぜか不機嫌そうに眉をひそめていた。

マデリーンは焦って言い訳しようとするが、結局何の言葉も出てはこなかった。



「そ、それは……」

「俺と踊っているっていうのに、他のことを考えるなんて……」



ヴィルヘルムの低い声が聞こえた瞬間、マデリーンは彼に腰を強く引かれた。

そのせいで、彼と身体が密着する。



(え、う、嘘!?)



服越しでも感じられるヴィルヘルムの鍛えられた肉体に、彼女は顔が真っ赤になった。

とてもステップなど踏んでいる場合ではない。

まるで抱きしめられているような体勢に、彼女は慌てふためいた。



「王妃……」



ヴィルヘルムが彼女の耳元で囁いた。

声の中に混じる熱い息遣いに、彼女は慌てて彼を押し返そうとするが、ビクともしない。



(い、一体どうしたって言うのよ!?)



そうこうしているうちに、音楽が鳴り止んだ。

先ほどの出来事は夢だったかのように、ヴィルヘルムは平然としていた。



「あ、ありがとうございました、陛下」

「ああ」



マデリーンはダンスの礼を言うと、そそくさとその場から立ち去って行った。

ヴィルヘルムは彼女を引き止めようと咄嗟に手を伸ばしたが、すぐに令嬢たちの群れに囲まれてしまった。

キツい香水の香りが鼻をつき、むせそうになった。猛獣のような令嬢たちの姿には、いつも嫌悪感しか抱けなかった。



「陛下!次は私と踊ってください!」

「いえ!ぜひ私とお願いします!」



令嬢たちがアピール合戦を繰り広げているうちに、マデリーンはずいぶんと遠くへ行ってしまった。

できることなら彼女と一緒にいたかったが、今の状況では到底できない。



「……チッ」



彼は誰にも気付かれないように、小さく舌打ちをした。



***




ヴィルヘルムとのダンスを終えたマデリーンは、続けて何人かの男性と踊った。

美しい彼女をダンスに誘う男は多く、彼女はその中から適当に身分の高い数人を選んだ。



「王妃陛下とダンスができるだなんて、光栄です」

「そう言っていただけて嬉しいです、公爵」



頬を赤らめる彼に、マデリーンはニッコリと笑い返した。

実はヴィルヘルム以外の男性とダンスをするのは初めてだった。ヴィルヘルムとは世間体のために数回だけしたことがあったが、彼以外とは一度もない。

誘われることも、誘うこともなかったのだから当然だ。



穏やかな雰囲気の中でダンスを続けていると、ふと公爵が口を開いた。



「ところで……陛下はとても王妃陛下を大切にされているのですね」

「……どういう意味でしょうか?」



マデリーンは公爵の言葉に、きょとんと首をかしげた。

彼はフッと笑いながら、顎でマデリーンの背後を指した。



「……へ、陛下?」



チラリと振り返ると、遠くからヴィルヘルムが物凄い目でこちらを睨んでいた。

マデリーンを、というよりかは、彼女とダンスをする公爵をだった。



「私、今日無事に帰れますかね。少し不安になってきました」

「そ、そんな物騒なことは起こりませんわ……」

「そうでしょうか?まぁ、無事に終わることを祈りましょう」



そこで曲は止み、公爵とのダンスが終わった。

公爵はマデリーンの前にゆっくりと跪くと、その手を取った。



「――マデリーン王妃陛下、今日は一曲踊れて光栄でした」

「は、はぁ……」



周囲に見せつけるような大胆な行動に、マデリーンも呆気に取られていた。

彼はそのまま、彼女の手の甲にチュッと口づけた。何だか、公爵が女たらしと噂されている理由がわかったような気がした。

無事に帰れるか不安とか言っておきながら、全く気にしていないではないか。



「では、またお会いできる日を楽しみにしております」

「……ええ、公爵」



彼は最後に微笑むと、そのままマデリーンの前から去って行った。

二人の親しげな様子に驚きの声が上がる一方で、ヴィルヘルムは怒りを露わにしていた。



「アイツ……何なんだよ……」



ヴィルヘルムは徐々にマデリーンに対する独占欲を持つようになっていた。




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