38 やきもち?
顔を上げると、目を合わせたヴィルヘルムがニッコリと微笑んだ。
黒い手袋をはめた彼の大きな手が、マデリーンの前に差し出されている。
意図がわからなくて、つい彼の顔をじっと見つめてしまう。
しかし、人の目がある以上、断るという選択肢はなかった。
「……ええ、よろこんで」
そう答えると、ヴィルヘルムの緊張で強張っていた顔が柔らかくなった。
マデリーンは彼の手を取り、ホールの中央まで向かった。
お互いにお辞儀をすると、再び手を取り合ってステップを踏む。
おそらく初めてであろう国王夫妻のダンスに、人々はざわついた。
「国王と王妃がダンスをしているぞ……」
「嘘……何かの間違いでしょう?」
「今日の王妃はハーツホーン・ティアラも着けているし……一体二人の間に何があったというんだ?」
マデリーンは人々の噂から逃れるように、ヴィルヘルムに近づき、胸元のあたりで顔を隠した。
そんな彼女に、彼がビクッと肩を上げた。
ヴィルヘルムからすれば、手が触れ合っている今この瞬間もドキドキして仕方がなかった。
(まぁ、私たちは不仲で有名だから……そうなって当然よね)
マデリーンは前世で、何度も彼と参加した舞踏会を思い浮かべた。
一度もダンスを踊ってもらえなくて、一人惨めな思いをして椅子に座っていた。
――寵愛を得られないくせにその椅子に座っている恥知らずだと、人々は彼女を嘲笑った。
ヴィルヘルムとの苦い思い出だった。側妃が子供を産んでからは余計に……。
「――何を考えているんだ?」
「……陛下」
頭上から降り注いだ声に、マデリーンは我に返って顔を上げた。
ヴィルヘルムの黒い瞳と、目が合った。彼はなぜか不機嫌そうに眉をひそめていた。
マデリーンは焦って言い訳しようとするが、結局何の言葉も出てはこなかった。
「そ、それは……」
「俺と踊っているっていうのに、他のことを考えるなんて……」
ヴィルヘルムの低い声が聞こえた瞬間、マデリーンは彼に腰を強く引かれた。
そのせいで、彼と身体が密着する。
(え、う、嘘!?)
服越しでも感じられるヴィルヘルムの鍛えられた肉体に、彼女は顔が真っ赤になった。
とてもステップなど踏んでいる場合ではない。
まるで抱きしめられているような体勢に、彼女は慌てふためいた。
「王妃……」
ヴィルヘルムが彼女の耳元で囁いた。
声の中に混じる熱い息遣いに、彼女は慌てて彼を押し返そうとするが、ビクともしない。
(い、一体どうしたって言うのよ!?)
そうこうしているうちに、音楽が鳴り止んだ。
先ほどの出来事は夢だったかのように、ヴィルヘルムは平然としていた。
「あ、ありがとうございました、陛下」
「ああ」
マデリーンはダンスの礼を言うと、そそくさとその場から立ち去って行った。
ヴィルヘルムは彼女を引き止めようと咄嗟に手を伸ばしたが、すぐに令嬢たちの群れに囲まれてしまった。
キツい香水の香りが鼻をつき、むせそうになった。猛獣のような令嬢たちの姿には、いつも嫌悪感しか抱けなかった。
「陛下!次は私と踊ってください!」
「いえ!ぜひ私とお願いします!」
令嬢たちがアピール合戦を繰り広げているうちに、マデリーンはずいぶんと遠くへ行ってしまった。
できることなら彼女と一緒にいたかったが、今の状況では到底できない。
「……チッ」
彼は誰にも気付かれないように、小さく舌打ちをした。
***
ヴィルヘルムとのダンスを終えたマデリーンは、続けて何人かの男性と踊った。
美しい彼女をダンスに誘う男は多く、彼女はその中から適当に身分の高い数人を選んだ。
「王妃陛下とダンスができるだなんて、光栄です」
「そう言っていただけて嬉しいです、公爵」
頬を赤らめる彼に、マデリーンはニッコリと笑い返した。
実はヴィルヘルム以外の男性とダンスをするのは初めてだった。ヴィルヘルムとは世間体のために数回だけしたことがあったが、彼以外とは一度もない。
誘われることも、誘うこともなかったのだから当然だ。
穏やかな雰囲気の中でダンスを続けていると、ふと公爵が口を開いた。
「ところで……陛下はとても王妃陛下を大切にされているのですね」
「……どういう意味でしょうか?」
マデリーンは公爵の言葉に、きょとんと首をかしげた。
彼はフッと笑いながら、顎でマデリーンの背後を指した。
「……へ、陛下?」
チラリと振り返ると、遠くからヴィルヘルムが物凄い目でこちらを睨んでいた。
マデリーンを、というよりかは、彼女とダンスをする公爵をだった。
「私、今日無事に帰れますかね。少し不安になってきました」
「そ、そんな物騒なことは起こりませんわ……」
「そうでしょうか?まぁ、無事に終わることを祈りましょう」
そこで曲は止み、公爵とのダンスが終わった。
公爵はマデリーンの前にゆっくりと跪くと、その手を取った。
「――マデリーン王妃陛下、今日は一曲踊れて光栄でした」
「は、はぁ……」
周囲に見せつけるような大胆な行動に、マデリーンも呆気に取られていた。
彼はそのまま、彼女の手の甲にチュッと口づけた。何だか、公爵が女たらしと噂されている理由がわかったような気がした。
無事に帰れるか不安とか言っておきながら、全く気にしていないではないか。
「では、またお会いできる日を楽しみにしております」
「……ええ、公爵」
彼は最後に微笑むと、そのままマデリーンの前から去って行った。
二人の親しげな様子に驚きの声が上がる一方で、ヴィルヘルムは怒りを露わにしていた。
「アイツ……何なんだよ……」
ヴィルヘルムは徐々にマデリーンに対する独占欲を持つようになっていた。
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