37 舞踏会当日
それから時間は流れ、舞踏会当日となった。
「……この格好、変じゃないかしら?」
「変だなんてとんでもありません!よくお似合いですよ、王妃陛下!」
鏡の前に立ったマデリーンは、青と白を基調としたドレスを着ている自身の姿を何度も確認した。
上品なレースやフリルがふんだんにあしらわれているドレスは、まさに皇后の尊厳を保つのにピッタリと言えるだろう。
長い金髪は後ろでまとめ、耳には大きなイヤリングを着けている。
「首元が少し寂しいですね。ネックレスを着けましょうか」
「そうね……今日は公式行事だし、たまにくらいならいいかもね」
首元が重くなるのは好きではないが、公の場に出るときくらい華やかな姿でいるべきだろう。
どうせ年を取ったらこんな格好は似合わなくなるのだから、今のうちに着ておきたいし。
マデリーンは侍女の手を借りて、首に大きなダイヤモンドのネックレスを装着した。
「陛下からプレゼントされたティアラも、そろそろ着けましょう」
「そうするわ、ティアラを着ければ人々のくだらぬ噂も止むでしょうし」
最後にハーツホーン・ティアラを頭に着けたそのとき、ちょうど部屋の扉がノックされた。
「――王妃様!陛下がいらっしゃいました!」
「……中に通してちょうだい」
侍女がマデリーンの命令を受けて出て行ってから数分後、ヴィルヘルムが入れ替わるように姿を現わした。
扉を開けた彼は、入口の前で固まった。
「王妃……」
「陛下、ご機嫌いかがでしょうか」
マデリーンは石のように動かなくなる彼に、優雅なカーテシーで挨拶をした。
近頃清楚系に転身したマデリーンの、久々に見る煌びやかな姿。手を施さずとも美しい彼女だが、派手なメイクがよく似合う。
ヴィルヘルムは、マデリーンはこんなにも美しかったのかと、今になってようやく察した。
彼はこれまで彼女のことを、自身にしつこく付きまとう女としてしか見ていなかった。
性格が悪いと決めつけ、彼女のことをよく知ろうともしなかった。
――彼は今になって、自身の愚かな行いを後悔し始めた。
ヴィルヘルムはゆっくりとマデリーンに近づくと、彼女に手を差し伸べた。
「王妃、式が始まる。そろそろ行こう」
「ええ、そうですね」
マデリーンは驚きながらも、彼の手を取った。
触れた大きな手から感じられる温もりが、何だか新鮮だった。
「へ、陛下……?」
――そのとき、ヴィルヘルムが一瞬握る手に力を込めたような気がした。
マデリーンは驚いてヴィルヘルムを見るが、彼は普段と変わらない様子で行こうと口にするだけだった。
彼女は勘違いかと、深く考えないことにした。
マデリーンとヴィルヘルムは横並びで歩きながら、パーティーホールまで向かった。
いつも現地集合であるせいか、慣れないことに二人とも落ち着かなかった。
横を歩くヴィルヘルムの顔色を窺うマデリーンに対し、彼は全く違うことを考えていた。
どんな話をすれば、彼女の笑顔が見れるだろうか。
どんなことを言えば、彼女に喜んでもらえるかな。
いっそ、このまま誰の目もないところまで彼女を連れ去ってしまいたい。
なんて、どうしようもなくくだらないことばかりを気にしてしまっていた。
しかし、結局どちらも言葉にすることはできず、考えているうちに会場に到着した。
「――ヴィルヘルム・ルバーニ国王陛下と、マデリーン・ルバーニ王妃陛下がいらっしゃいました!」
二人はいつもと変わらない姿で、会場に足を踏み入れた。
主催者であり、ルバーニ王国のトップである彼らの入場に、招待客の貴族たちは臣下の礼を執った。
「ちょっと、王妃陛下が着けてるあのティアラ……」
「間違いないわ。ハーツホーン・ティアラよ」
「どうして王妃陛下が?」
マデリーンの頭上で輝くティアラに、人々は衝撃を隠せなかった。
国王陛下の仲の悪さは有名で、特にヴィルヘルムがマデリーンを毛嫌いしていることはここにいる誰もが知っていた。
そんな彼女が、別名『愛の証』とも言われるハーツホーン・ティアラを贈られたなど誰が信じられるだろうか。
マデリーンとしては今さら仲の良いアピールをする必要などないが、人々の噂が鎮まるのならありがたかった。
ヴィルヘルムはマデリーンをエスコートし、王妃の椅子にそっと座らせた。
――そのとき、彼の手が華奢な肩に触れた。
「……」
優しく気遣うようなその行動に、マデリーンは気まずくなって彼から目を背けた。
その後、ヴィルヘルムは一人壇上に上がり、主催者として挨拶をした。
(相変わらず堂々としていて威厳があるわね……)
そんな夫の勇ましい姿を、マデリーンは横目で眺めていた。
かつてのマデリーンは、王太子として壇上で挨拶をする彼に一目惚れした。
あのときもたしか、あんなふうに胸を張っていたっけ。
ヴィルヘルムは良い夫とは言えなかったが、王の器は誰よりもあるだろう。
チラリと会場の端に視線を向けると、側妃ソフィアの姿もあった。
こちらを見ていた彼女と目が合ったような気がするが、気のせいだろうか。
「――皆の者、今日は年に一度のめでたい日だ。楽しんでいってくれ」
ヴィルヘルムのその言葉で、舞踏会が幕を開けた。
会が始まると、人々がワイン片手に談笑を始めた。社交界の噂や商売の話など、会話の内容は人それぞれだ。
それから少しすると、管弦楽団によって音楽が奏でられる。
今からは楽しい楽しいダンスパーティーの始まりだ。
男性が女性たちをダンスに誘い、それぞれのパートナーと踊る。
当然、マデリーンは毎回踊る相手もいないため、椅子に座ったまま眺めているだけだ。
と、思っていたのに―――
「――王妃、俺と一曲踊ってくれるか?」
「え………?」
何とマデリーンは、一曲目からヴィルヘルムにダンスの誘いを受けたのだった。
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