36 ヴィルヘルムの母の秘密
「――わぁ、おかえりなさい。マデリーン王妃陛下」
「……ただいま、オーウェン卿」
王宮に戻ったマデリーンは、たまたまダニエルと遭遇した。
いや、もしかするとたまたまではなく、待ち構えていたのかもしれない。
真意を探ろうと彼の笑顔をじっと見つめるが、結局何も掴めそうにはなかった。
「こんなところで会うなんて奇遇ね」
「王妃陛下がいらっしゃらないと聞いて、もしかしてとは思っておりました」
マデリーンの予想は的中。
ダニエルは偶然会ったのではなく、彼女を待っていたのだった。
「陛下には……」
「ああ、もちろん言っていませんよ。約束ではありませんか」
「そ、そうよね。よかったわ。ありがとう、オーウェン卿」
マデリーンがボランティア活動をしていることは、ヴィルヘルムも既に知っている。
彼女と一緒になってボランティアに参加するウィリーとは、まさに彼だったから。
しかし、マデリーンは当然そんなこと知る由もない。
ダニエルはヴィルヘルムのために、マデリーンに平然と嘘をついた。
普段嫌味ばかり言ってるダニエルだが、実はヴィルヘルムへの忠誠心は誰よりも高い。
彼にバレてないと知り、誰から見てもわかるくらい安心するマデリーンに、ダニエルは僅かな罪の意識を感じた。
「それより……ウィリーは真面目に活動に参加していますか?アイツのことだから陛下に迷惑をかけているのではないかと心配しているのですが……」
「ああ、ウィリー卿ならとてもよくやってくれているわ。あの日から、ほとんど毎回ボランティアに参加しているのよ?」
マデリーンはウィリーの状況を上司であるダニエルに伝えた。
多少言葉遣いは気になるものの、彼の仕事の出来はなかなかだった。
「そうですか、迷惑がかかっていないのなら何よりです」
ダニエルは安心したように表情を和らげた。
彼は彼なりに、部下のウィリーを心配しているのだろう。厳しいようで部下思いなのだと、マデリーンの中でダニエルへの印象が少しだけ変わった。
「それと……王妃陛下」
「……?」
ダニエルはゆっくりと彼女に近づき、小声で囁いた。
「――舞踏会の日、陛下がお迎えに上がるそうです」
「……陛下が、迎えに?誰を?」
「王妃陛下以外に誰がいらっしゃるんですか」
ダニエルが呆れた顔で言葉を返した。
とうとう側妃を迎えに行くから一人で行けと言われてしまうのかと思っていたが、違うようだった。
「私を迎えに来るの……?陛下が……?」
「ええ、そうですよ。王妃陛下」
もう少しくらい喜んでもいいのでは?とダニエルが苦笑いをした。
ヴィルヘルムの迎えを知ったマデリーンの顔は、かなり引きつっていた。
舞踏会などの公式行事に参加する日、ヴィルヘルムはいつも仕方なくマデリーンをエスコートしていた。
本当は彼女と一緒になどいたくはなかっただろうが、他国の貴賓もいる場で変な噂を立てられるような行動を取るわけにはいかなかった。
(陛下が迎えに来るって言っても……特に話すことなんてないしなぁ……)
喜ぶところだが、マデリーンはむしろ困り果てていた。
絶対に気まずい時間が流れると確信している彼女は、ヴィルヘルムの迎えなど望んではいなかったのだ。
そんなマデリーンの気持ちになど気付くことはなく、ダニエルは笑顔で口を開いた。
「ハーツホーン・ティアラも陛下から贈られたことでしょうし、次の舞踏会はきっと楽しいものになりますよ。よかったですね、王妃陛下」
「そ、そうかしら……何事もなく終わればいいんだけれど……」
最近のヴィルヘルムの行動には、困惑してばかりだ。
***
その頃、ある一人の女がマデリーンへの憎しみを募らせていた。
「あぁ、あの女ホンットにムカつくわ!」
荒っぽい足取りでそう口にしたのは、つい先日マデリーンよりクビを宣告された元侍女長のケイトだった。
ケイトは王妃宮の侍女を解雇され、今は誰も住んでいない別宮の配属となっていた。
煌びやかだった王妃宮と比べれば、あまりにもみずぼらしく寂れた場所。
その宮殿は、先代国王の妃の一人が過ごした場所だった。
「……どうしてこの私が、こんなみずぼらしいところで働かないといけないのよ」
ケイトがみずぼらしいと評した宮殿――それはまさに、ヴィルヘルムの実母である下女が暮らしていた場所だ。
王宮に勤める下女だった彼の母親は、たまたま国王の目に留まり、寵愛を得て側妃となった。
平民から側妃になるのはかなり珍しい事例だったせいか、周囲は彼女に羨望の眼差しを向けた。
しかし、同時に彼女を最低最悪の悪女だと罵る者も多くいた。
理由は彼女と――国王の正妻である先代王妃との関係だった。
ヴィルヘルムの実母は先代王妃からかなり可愛がられており、親友のような存在だった。先代王妃は彼女を大切にし、王都に両親と暮らす家まで与えたほどだった。
そんな彼女の裏切りを、人々は最低だと罵倒した。
しかし、王妃は彼女を恨むどころか、彼女が遺したヴィルヘルムを大切に育て上げた。
ちょうど今、ケイトはヴィルヘルムを産んだ側妃が住んでいた部屋を掃除していた。
その中の一室にある棚の引き出しの奥から、彼女はあるものを発見した。
「何よ、これ……手紙……?誰から……?」
ケイトは引き出しに入っていた手紙の束を取り出し、中身を読んだ。人の手紙を勝手に読むなどいけないことだが、好奇心を抑えることができなかった。
「な……冗談でしょう……?」
文面に目を通した彼女は、その内容に絶句した――
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