34 夫はいません
「――っていうことがあったんですよ」
「……仲の良い女友達に恋人ができたから、嬉しい?それで今日はそんなに笑顔なのか?理解できない感情だな」
「それはウィリー卿に友達がいないからですよ」
「……」
数日後、マデリーンはいつものようにボランティアで会ったウィリーと作業しながらの話をしていた。
今日のボランティア活動の内容は、貧困地域での炊き出しだった。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、お嬢さん」
高齢女性に器に入れたスープを渡すと、彼女は両手で受け取って微笑んだ。
無邪気なその笑顔を見たマデリーンの胸は、不思議とほっこりした。
「若いのに偉いねぇ」
「いえいえ、やりたくてやってることですから」
女性はチラ、と横にいたウィリーに視線を向けた。
当然、ウィリーも若いの枠に入っている。彼は何歳か知らないが、きっと自分と同じくらいだろうと彼女は予想している。
「お嬢さん、結婚とかしてる?すごく綺麗だから、ウチの孫と結婚してほしいくらいだよ」
「あら、プロポーズですか?嬉しいですね」
マデリーンは彼女の冗談に、フフッと笑みを溢した。
一方、ウィリーはなぜか気に入らないというような目で女性を見ていた。
炊き出しが始まった直後から、マデリーンは人々の視線を集めていた。
容姿端麗な彼女とウィリーは二人並ぶととても絵になる。若い男たちは汚れた地に舞い下りた女神のように美しいマデリーンに、こぞって夢中になった。
「お姉さん、綺麗ですね。初めて見たときからずっとあなたから目が離せません……」
「あ、ありがとうございます……?」
そのうちの一人の男は、受け取る際にちゃっかりとマデリーンの手を握った。
何とも大胆な行動に、彼女は驚いて固まった。さらに、男の大胆な行動は続く。
「マリーさん、このあとよかったらデートでも……」
言いかけたその瞬間、横から入り込んだ手がペシッと男の手を叩き落とした。
「……ウィリー卿」
「付き合ってもいない女性の身体を勝手に触るのはやめろ。無礼だ」
ウィリーは不機嫌そうな顔で、男に厳しい目を向けた。
男は彼ら二人の関係を勘違いしたのか、顔を真っ青にしながら身を引いた。
「ウィリー卿、そんな顔しなくてもいいでしょう?」
「……お前はナンパされて嬉しいのか?」
マデリーンはうーんと悩んだあと、ゆっくりと首を横に振った。
好かれて悪い気はしないが、愛してもいない人にしつこく迫られるのは少し困る。
その点で言えば、彼の行動は間違っていなかったのかもしれない。
「ありがとうございます、ウィリー卿」
「……」
ウィリーは微笑んだマデリーンからプイッと顔を背けた。
そんな二人の間に、同じくボランティアに参加していた女性が割って入った。
「――そういえば、マリーちゃんって恋人とかいるの?ずっと聞けてなかったけど」
「恋人……」
突然の質問に、マデリーンは目を見開いて固まった。
横にいたウィリーも再び彼女に目を向け、周囲の視線が集中した。
「……実は、結婚していて旦那さんがいるんです」
「あらぁ、そうだったの!?全然知らなかったわ!」
何て言うべきか悩んだが、マデリーンは正体を隠しつつ真実を打ち明けた。
マデリーンはまだ十九歳だ。いくら結婚の平均年齢が早いとはいえ、十九歳で既婚の平民女性はあまりいない。彼女は指輪をはめてもいなかったため、誰も既婚者だとは思ってもいなかっただろう。
女性たちは驚き、マデリーンを狙っていた男性たちは撃沈した。
三者三様の反応を示す彼らに、マデリーンは笑いながら口を開いた。
「まぁ、でも私……普段ほとんど夫とは会わないし!籍入れてるっていうだけで、夫婦らしいことは一度もやったことないので!そういう意味で言ったら、旦那さんいたことないです!」
「ええ!?何それ!?」
驚きと同時に、どっと笑いが起きた。
マデリーンは回帰してからというもの、場を和ますのが上手くなった。
しかし、旦那がいたことがないという言葉は、あながち間違いではなかった。
ヴィルヘルムに望まれて結婚したわけではないし、彼と夫婦の営みもしたことがない。そんな状況では、とても夫婦とは言えないのではないだろうか。
「独身ですよ独身!私は旦那さんいないです!」
彼女は笑いながら、冗談を続けた。
マデリーンにとってはただのジョークで、周囲にいる人々もそのことを理解していた。しかし、そんな中で一人だけ全く笑っていない人物がいた。
「……」
ウィリーは複雑な表情で、横にいる彼女をじっと見つめていた。
彼女は当然、そんな視線には気付いていない。
「旦那さんのことをそんなふうに言えちゃうなんていいわねぇ、喧嘩するほど仲が良いってやつかしら?」
「うふふ、ありがとうございます」
仲が良いわけではないものの、マデリーンは適当に相槌を打ってお礼を言っておいた。
一方のウィリーはというと、ずっと不機嫌なままだった。
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