27 まさかの就活
王妃宮へ戻ったマデリーンは、普段通り執務をこなしていた。
机に積まれたうちの一枚の書類を手に取った彼女は、何かに気付いたように口を開いた。
「あら……そういえばもうすぐ王家主催の舞踏会が開かれる頃だったわね……」
「陛下ったら、ようやく気付いたのですか?いつも王家の舞踏会は一ヵ月以上前から気合いを入れていらっしゃるというのに」
「そ、そうだったかしら……」
お飾りの妻であるマデリーンが、ヴィルヘルムに唯一会えるとなればパーティーの日くらいだ。
そのため、前まではこれでもかというくらい着飾って祭典に臨んでいた。
しかし、ヴィルヘルムはマデリーンがいくら美しい装いをしようと見向きもしなかった。
エスコートも義務的なもので、ダンスすら踊らない。
そんな彼女を見た招待客たちは、愛されない王妃は惨めだと彼女を嘲笑った。
(正直、出たくもないけど……)
ルバーニ王国にいるほとんどの貴族が招待される公式行事に王妃が出ないなど、いくら何でもありえない。
なら側妃を王妃の代わりにしようかなとも考えたが、今の彼女では王妃は務まらないだろう。
(側妃ソフィアが公務がこなせるようになるまでは、私が王妃宮を離れるわけにはいかない……)
できるだけ早く叶うといいが、ソフィアは妊娠中で、今の彼女に勉強をさせるのは気が引ける。
マデリーンは手元の書類をただじっと眺めていた。
「パーティーの準備をしないといけないわね……」
今回の舞踏会はヴィルヘルムではなく、マデリーンが準備を担当することとなる。
招待状の作成、ワインや料理の用意など、マデリーンが一人で行わなければならない。
(こんなにも気乗りしないパーティーは生まれて初めてかもしれないわね……)
彼女はふぅと深く息を吐いた。
何だか、最近は悩んでばかりのような気がしてしまう。
(つい先日、セヴェランス公爵家から誘いを受けたばかりだし……)
実家と夫ヴィルヘルム。
マデリーンはちょうど二つの問題に直面していた。
「だけど!どんな困難も余裕で乗り越えるのが立派な王妃ってものよ!離婚されそうだけど」
急に椅子から立ち上がったマデリーンに、侍女がビクッと肩を上げた。
まるで変人を見るかのような目を向けられていることに、彼女は気付いていない。
「陛下……離婚というのは一体……」
「世の中、絶対なんてものは存在しない。この地位も決して盤石というわけではないのよ」
マデリーンは侍女の言葉を無視し、一人だけの世界に入り込んだ。
彼女が今持っている王妃の地位も、永遠に続くかと言われればわからない。誰かの策に嵌まって失うかもしれないし、ヴィルヘルムの心変わりで失くなる可能性もないわけではない。
「やっぱり、今のうちからきちんと決めておくべきよね……」
「陛下?さっきから何をおっしゃっているんです?」
マデリーンは王妃としての執務を終えたあと、ある場所へと向かった。
服を着替えた彼女は、王都にある就労支援センターを訪れていた。
彼女の目の前では、職員であるメガネをかけた女性がマデリーンの相手をしていた。
「――それで、自分に合う仕事を探していると?」
「はい、生まれてから一回も働いたことがないんですけど……一般就労は可能でしょうか?」
「一回も働いたことが……まぁ、その年齢であればまだセーフでしょう」
マデリーンはまだ十九歳だ。
この年齢であれば、経験がなくても雇ってもらえるケースは多い。
どのみち離婚されても実家は彼女を受け付けないだろうし、マデリーンに帰る場所はないも同然。
(陛下からの援助で暮らすっていうもの何だか気が引けるしなぁ……)
大体、多大な迷惑をかけて妻の座に収まったのはマデリーンなのだ。
関係が終わったあとくらい、迷惑をかけずに生きていきたい。彼女なりの、ヴィルヘルムへの贖罪だった。前世では最初から最後まで、愛のない結婚で彼を振り回してしまったから。
「念のため、職業適正診断でもやってみますか?」
「わぁ、何それ!やってみたいです!」
マデリーンは興味津々で身を乗り出した。
いくつかの質問に答えると、自分に最も相応しいといえる職業が割り出される。
―――そしてこの日、彼女のセカンドキャリアが決まった。
***
「王妃陛下、どちらへ行っていたんですか……?」
「ん、ちょっとね」
その日の夜、マデリーンはずいぶんご機嫌だった。
最近明るくなった彼女だが、今日はいつにも増して嬉しそうだ。
マデリーンを不思議そうに見つめていた侍女は、テーブルの上にあるものが置かれていることに気が付いた。
「………スタッフ募集?」
彼女の机に置かれていたのは何枚かの求人、そして――
「………あなたの最も相応しい職業は文官?」
侍女は全く意味がわからず、ただきょとんとした顔で紙を見つめているだけだった。
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