21 ヴィルヘルムとの朝食
考え事をしているうちに、ヴィルヘルムの待つ部屋へ到着した。
「王妃陛下、お待ちしておりました」
扉の前に立っていたのは、ヴィルヘルム直属の騎士と執事たちだ。
マデリーンに挨拶をした本宮の執事が、部屋へと続く扉を開けた。
(何事もなく、王妃宮へ戻れるといいな……)
マデリーンは心の中で願いながら、室内へ足を踏み入れた。
部屋の中に入ると、正面にヴィルヘルムの姿が見えた。晩餐会が行われる長いテーブルの上座に、彼は座ってマデリーンを待っていた。
「――国王陛下、ご機嫌いかがでしょうか」
「堅苦しい挨拶はよせ、座ってくれ」
カーテシーをしようとしたマデリーンを、ヴィルヘルムは咄嗟に制した。
体勢を立て直したマデリーンは、彼の正面の席に座った。
テーブルの上には、二人前の料理の皿が並べられている。
(この場所にいつも座っていたのは側妃ソフィアだろうに……私でいいのかしら)
側妃に対する罪悪感はあるものの、ヴィルヘルム本人がマデリーンを呼びつけたので仕方がない。
それからすぐ、本宮の使用人たちによって朝食が運ばれてきた。
使用人が全員外へ出ると、ヴィルヘルムが口を開いた。
「先日、側妃に会ったと聞いた」
「……!」
突然出てきた側妃ソフィアの名前。
それで私をここまで呼んだのかと、マデリーンは妙に納得した。
「はい……たまたま王妃宮ですれ違ってお話させていただきました」
特に危害は加えていません――と言いかけたマデリーンは、慌てて言葉を止めた。
そんなふうに言えば、まるで彼女を害したみたいではないか。
(でも、どうせ私のことを疑うんだろうな……)
ヴィルヘルムはその現場を見たわけではないが、いつも決まってマデリーンを疑う。
彼女の今までの行動を思えば、仕方がないのかもしれない。しかし、こうも信じてもらえないといくらマデリーンでもショックだ。
そう思っていたマデリーンだったが、ヴィルヘルムは特に彼女を責めることもなく、言葉を返した。
「……そうか、何もなかったならそれでいい」
「……陛下?」
側妃と会ったことを咎められるのかと思っていた彼女は、呆気に取られていた。
その代わりというべきか、あることをマデリーンに尋ねた。
「そういえば、最近は何をして過ごしているんだ?」
「え」
まさかの近況を尋ねられた。
マデリーンに興味のなかったヴィルヘルムから、そんな言葉が出てくるとは、彼女は想像もしていなかった。
(な、何て言えばいいのかしら……?)
最近何をしているかと聞かれ、マデリーンは返答に迷った。
使用人たちの仕事を手伝ったり、ボランティアに精を出している彼女だが、王妃として正しい行いかと言われればわからない。
悩みに悩んで結局、彼女は本当のことを言わなかった。
「最近……特に変わりのない日々を過ごしています」
「そうか」
マデリーンの嘘に気付いていないのか、彼は深く尋ねるようなことはしなかった。
こうやって二人向かい合うのは初めてだ。そのせいか、会話は上手く続かなかった。
(は、早く終わらないかな……?)
気まずさに耐えられなくなったマデリーンは、朝食が一刻も早く終わることを願い続けた。
そんな中、再びヴィルヘルムが沈黙を破るように口を開いた。
「ところで……服装を変えたんだな」
彼はチラ、と彼女に目を向けた。
今日のマデリーンは、いつもと違って上品で清楚なドレスに身を包んでいる。
普段ヴィルヘルムに会うときにするような濃いメイクもしていない。
「あ、はい……似合わないでしょうか?」
「いや……そんなことはない」
雰囲気がガラリと変わったマデリーンに、ヴィルヘルムは戸惑っているようだった。
(前の格好のほうがよかったかしら?だけど、朝からあれをやるのはかなり面倒なのよね……)
朝からメイクと着替えに二時間。
今思えば、あの頃の自分は正気の沙汰ではなかった。
二度とあのような面倒なことはしたくない。
朝食を食べ終えたマデリーンは、手に持っていたナイフとフォークをそっと置いた。
そのまま、正面に座るヴィルヘルムを真っ直ぐに見つめる。
「前にも言いましたが……二度と側妃様を傷付けるようなことはいたしません」
「王妃……」
最後に、マデリーンはナプキンで口元を拭いた。上品で優雅な所作に、彼は彼女から目が離せないでいた。
食事を終えた彼女は、すぐに席から立ち上がった。
「陛下――私のことはどうか、今まで通りいない者として扱ってください」
「……」
「そのほうが、私にとってもありがたいですから」
マデリーンはそう言うと、深くお辞儀をして部屋から出て行った。
***
彼女が出て行ったあと、一人部屋に残されたヴィルヘルムは呆然としていた。
『私のことはどうか、今まで通りいない者として扱ってください』
マデリーンから言われた言葉が、彼の頭の中をループした。
毛嫌いしていた女が自ら目の前からいなくなるというのだから、喜ぶべきことだった。
しかし、なぜだろうか。
ヴィルヘルムは素直に喜ぶことができずにいた。
「……何だ?なぜ、こんなにも胸が締め付けられるんだ」
彼は、説明することのできない不思議な感情に襲われていた――
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