20 予期せぬ事態
翌日、マデリーンはいつも通りの時間に目が覚めた。
(何か、とっても変な夢を見たような気がするけど……気のせいよね)
昨夜見た夢の記憶は、既に彼女の頭からかき消されていた。
とても良いとは言えない夢だったため、それでよかったのかもしれない。
「陛下、おはようございます」
「おはよう、エマ」
朝一番、マデリーンの部屋を訪れたのはエマだった。
彼女に夢のことを打ち明けようか悩んだが、マデリーンは余計な心配をかけたくなくて黙っておくことにした。
彼女はエマの手を借り、ドレスに袖を通した。
今日はマデリーンの瞳と同じ、淡い紫色のドレスだ。
そのとき、部屋の外からこちらへ近づいてくる慌ただしい足音が聞こえた。
「お、王妃陛下!大変です!」
ノックもなしに扉を開けたのは、王妃宮の侍女の一人だった。
無礼を咎めようとしたエマを、マデリーンが手で制した。
いつも冷静な彼女の額には、汗が滲んでいる。
つまり、急いでここへ来たということだ。何か予期せぬ事態が発生したのだろう。
「どうかしたの?」
「そ、それが……」
侍女は肩で息をしながら、何とか言葉を紡いだ。
「――陛下、国王陛下が朝食を共にしたいと言っております」
「…………陛下が?」
マデリーンだけではなく、エマも目を見張った。
「どうして陛下が急に?しかも朝から王妃宮へ来たんですか?」
「詳しいことは私にもわかりません……ですが、陛下の侍従のオーウェン卿が言っていたので間違いないかと」
オーウェン卿とは、ヴィルヘルムの側近で、彼の右腕も同然の存在だ。
そんな彼が伝言をしに来たということは、マデリーンを呼んだのはヴィルヘルムで間違いない。
「陛下……誰かの罠という可能性はなさそうです」
「そうね……」
マデリーンはヴィルヘルムと食事を共にしたことが一度もない。
それどころか、本宮に招待されたことすらほとんどなかった。
(一体どうして急に?側妃と摂ればいいものを……)
面倒くささを感じながらも、ヴィルヘルムの誘いを断ることはできなかった。
何か大事な用がありそうだし、ここは素直に応じるべきだろう。
「すぐに準備をするわ。本宮に行けばいいのね?」
「はい、陛下が待っているとおっしゃっていました」
「そう……」
マデリーンはすぐに準備を終わらせると、そのまま部屋を出た。
***
「ここに来るの、すごく久しぶりに感じるわね……」
ヴィルヘルムの暮らす本宮を歩いていたマデリーンは、何気なく呟いた。
最後に本宮を訪れたのはいつだったか、それすら彼女は覚えていなかった。
元々、ここには良い思い出があまりない。
そのせいか、回帰してからはできるだけ避けていた場所だった。
マデリーンはヴィルヘルムがいる部屋までの道のりを歩きながら、過去を回想していた。
ある日の昼、彼女は軽食を持ってヴィルヘルムのいる執務室を訪れた。
『陛下に差し入れを持ってきたのよ』
『陛下は誰も入れるなとおっしゃっています』
彼女は粘ったが、ヴィルヘルムの執務室を守る騎士たちは手強いうえに忠誠心が強い。
結局、マデリーンは彼に会うことができなかった。
(せっかく私が手作りしたっていうのに……中身を見ることもなく追い返すだなんて、失礼な人ね)
マデリーンは泣く泣く王妃宮へと帰った。
しかし、その後側妃ソフィアがヴィルヘルムの執務室に入ったところを見たという噂を、彼女は耳にしてしまった。
マデリーンは大慌てで、就寝前のヴィルヘルムの部屋へ乗り込んだ。
『陛下!どういうことですか!』
『……何がだ』
突然押しかけたマデリーンに、ヴィルヘルムはわかりやすく眉をひそめた。
もはや不快な気持ちを隠そうともしない彼に、彼女はショックを受けた。
しかし、彼女がここへ来たのは彼を問い詰めるためだ。マデリーンは気持ちを切り替え、口を開いた。
『どうして私のことは追い返したのに、あの女は部屋に入れたんですか!』
到底納得できない――とマデリーンはヴィルヘルムの前で醜く喚きだした。
『……』
――そんな彼女を、彼は凍えきった目で見下ろしていた。
軽蔑、嫌悪、憎悪。
その瞳に秘められたあらゆる負の感情を、彼女も感じ取った。
マデリーンは気が強いように感じるが、元は臆病で精神的に弱い人だった。その瞳に委縮してしまった彼女は、ビクリと肩を上げた。
『……王妃、結婚したときに言わなかったか?俺の行動に口出ししないでくれと』
『ええ、聞きましたわ。ですが、王妃と側妃でここまで扱いの差をつけるのは……私は黙っていられません』
彼が少しでもマデリーンを気にかけてくれていたなら、彼女も口出しなどしなかっただろう。
しかし、ヴィルヘルムの冷遇は度が過ぎていた。
『俺は忙しいんだ、出て行ってくれないか』
『……』
面倒だとでも言いたそうに、マデリーンを追い払うヴィルヘルム。
話すら聞いてもらえなかったのが悔しくて、マデリーンはつい憎まれ口を叩いてしまった。
『――身分の低い下女から生まれた分際で』
『……』
振り返った彼の瞳が、鋭い眼光を放った。瞳の中で燃えたぎる炎が、彼女を正面から射抜いた。
あの一件を機に、ヴィルヘルムはさらにマデリーンを遠ざけるようになった。
読んでくださってありがとうございます!
ブクマ、いいね、評価などしていただけたら励みになります!




