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夫から三十年も放置されましたので、お飾りの妻は平気です~今さら愛されても困ります~  作者: 春乃りぜ
第一章 回帰しました

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19 マデリーンの過去

側妃ソフィアに会った日の夜、マデリーンは夜のルーティーンとしてオルゴールを聴いていた。



「癒されますねぇ、陛下」

「ええ、そうねぇ……心が落ち着いて……今日はいつもよりよく眠れそう」



侍女は激しく同意するかのように、うんうんと頷いた。

彼女がオルゴールから奏でられる音楽の虜になってもう数日だ。



(心を落ち着かせられるものって、案外身近にたくさんあったのね。前世のときに知りたかったわ)



前世の悪に染まったマデリーンでは、オルゴールを聴いたところでどうにもならなそうだが。



「ねぇ、あなた……バーバラって言ったわよね?」

「は、はい!覚えていてくださったのですね……」



バーバラと名指しされた侍女は、感動したように目を見開いた。

まだ王妃宮に配属されて日が浅い下位貴族のバーバラは、気高い王妃マデリーンに憧れていた。そんな彼女に名前を覚えてもらっていたというだけでも、涙が出そうなほどに嬉しい。



「あなたは、何か将来の夢とかある?」

「将来の夢……」



何もないから王妃宮に侍女として入ったバーバラだったが、憧れのマデリーンの前ではそんなこと言えなかった。

必死で幼少期の記憶を思い出し、彼女はそこから答えを出した。



「そうですね……子供の頃に夢見ていたのは踊り子になることでした」

「あら、とってもいいじゃない。私、応援するわよ」

「子供の頃の話なので……今は特には……」



マデリーンはテーブルに頬杖をついてオルゴールを見下ろした。

彼女は穏やかな目に、柔らかい口調で言葉を発した。



「私は……今世では好きなことをたくさんして暮らしたい」

「陛下……」



もう既に叶っているような気もするが、まだ回帰して一ヵ月も経っていない。

これからのことは、彼女もわからない。もしかするとヴィルヘルムに離婚を突き付けられるかもしれないし、誰かの策略にはまって王妃の地位を追われてしまうかもしれない。



そうなったときに、マデリーンは後悔しないように生きたかった。

前世のマデリーンの最期は、後悔の連続だった。あのときこうしていれば――というどうしようもないことばかりを考えていた。



「あなたも、若い頃は好きなことをやったほうがいいわよ。人生の先輩からの教えね」

「せ、先輩……?同い年では……?」

「……」



マデリーンは彼女の疑問には答えなかった。

いや、正しく言えば聞いていなかった。



「ね、寝てる……」



話の最中、マデリーンはオルゴールの効力で寝落ちしてしまっていた。






***







『―――お前の顔なんて二度と見たくない。あの母親から生まれたというだけでも、虫唾が走る』



蔑むような目でこちらを見下ろす一人の男性。

まだ幼いマデリーンは、その言葉の意味を理解することができなかった。



どうしてそんな目で私を見るんだろう。

まるで汚らわしいものを見るかのような瞳で、彼はマデリーンと同じ菫色の瞳に憎悪を宿らせた。



生まれた頃から同じ家で暮らしているが、滅多に家には帰らない。

たまに帰宅しては、マデリーンに罵詈雑言を浴びせてまたどこかへ行ってしまう。



この頃のマデリーンは、まだ子供らしい純粋な心を持っていた。

自分が何か不快に思うようなことをしてしまったのではないかと、彼女は酷く不安になった。



それでも努力していればいつかは自分を愛してくれるのではないかと、心のどこかで期待していた。

場面は移り変わり、室内になった。



『お母様、お父様が来ましたよ』

『あら、本当?とっても嬉しいわ……最後に一度だけあの人に会えるのなら、何の未練もなく逝けそうだわ……』



自分にそっくりな金髪の女性が、苦しそうにベッドに横たわっている。

コホッコホッと咳をするたびに、真っ赤な鮮血が口から吐き出される。



父親など、もちろん来ていない。

マデリーンはただ、彼女を喜ばせたくてそう言っただけだった。

そのような嘘を口にすることで、死を目の前にした母親が微笑んでくれるから。



父親など来るはずがないのに、マデリーンは母親に笑ってほしくて咄嗟の嘘をついた。

しかし、いつまで経っても訪れない父に、母の顔から表情が消えていった。



『お母様……お父様は来ません……』

『どうして……?彼は私を愛しているはずなのに……』



昔から自分が夫に愛されていると、彼女は信じて疑わないのだ。

彼女が信じて待ち続けている夫は、既に他に愛する女性がいて、その女性と同棲していること。

当然、彼女は知らなかった。



『そんなはずがないわ……彼は私を好きだと言ってくれたもの……私を裏切るようなこと、するわけがないでしょう?』

『お母様……』



死の間際でも、あんな男を信じ続けているのか。

可愛がられた記憶のない母だったが、そこまで行くと同情してしまう。



『お母様……安らかにお眠りください』

『目が覚めたら……あの人が来てくれていたらいいな……』



マデリーンは最後まで母の目に映ることはなく、彼女はこの世を去った。

そしてその後、父は愛人と再婚し、マデリーンは邸での居場所を失くしてしまった。




読んでくださってありがとうございます!


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