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夫から三十年も放置されましたので、お飾りの妻は平気です~今さら愛されても困ります~  作者: 春乃りぜ
第一章 回帰しました

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18 ヴィルヘルムの心配

側妃ソフィアと別れたあと、マデリーンはそのまま自室へと戻っていた。

気のせいか、先ほどよりも歩くスピードが速い。もしかすると、側妃に言われたことで傷付いているのだろうか。



彼女の後ろをついて歩いていた侍女は不安になり、マデリーンに声をかけた。



「王妃様……大丈夫ですか?」

「……」



マデリーンは何も言わず、歩き続けた。

やはり、ソフィアに言われたことにショックを受けているのだろう。

近頃明るくなったマデリーンだが、実は繊細だ。特にヴィルヘルム関連となると、小さなことで傷付いてしまう。



「側妃様……あそこまでデリカシーがないとは知りませんでした。王妃陛下も言い返せばよろしかったのに」



その一言に、マデリーンはようやく足を止めた。

振り返った彼女は、傷付くどころかきょとんと首をかしげていた。



「……え?何が?」

「え」



マデリーンは何を言っているの?とでも言いたそうに侍女に尋ねた。

その反応に、侍女は困惑した。



「ソフィア側妃様の発言で何か思うところがあったのでは……」

「あら?彼女、何か言ったかしら?」

「お、覚えていらっしゃらないのですか!?」



侍女は驚きのあまり大声を上げた。

誰よりもソフィアを目の敵にしていたマデリーンだったのに、つい数分前の彼女との会話を忘れているだなんて。

マデリーンは周囲をチラチラと見たあと、小声で侍女に囁いた。



「それより私、ちょっとお手洗いに行きたいの……」

「まさか、それでいつもより歩くのが早かったんですか?」

「そうよ?そんなこと恥ずかしくて言えるわけないでしょう?」



マデリーンは頬をほんの少しだけ赤く染めた。

ソフィアのことで傷付いていたわけではなく、ただお手洗いに行きたくて急いでいただけだったのだ。

侍女は色々と言いたいことはあるが、ひとまず安心した。



「い、いってらっしゃいませ……王妃陛下……」

「ええ、いってくるわね」



侍女は昨日と変わらないマデリーンを、笑顔で見送った。

強がっているのではなく、彼女は本当にソフィアのことなど気にも留めていなかった。





***





「――陛下、王妃陛下がソフィア側妃様と接触したようです」

「何だと!?」



ブホッ――とヴィルヘルムは飲んでいた紅茶を噴き出した。

ちょうど白いシャツを着ていたため、零れた紅茶でシャツがビショビショになってしまった。



侍従が呆れたようにヴィルヘルムに声をかけた。



「あーあ、陛下何してるんですか……シャツが紅茶色になってるではありませんか」

「し、仕方ないだろう……お前こそ、突然そういうこと言うのやめないか」



ヴィルヘルムが噴き出した紅茶はシャツだけでなく、机の上の書類にまで飛び散っていた。

真っ白なシャツに真っ白な書類。白いものがことごとく犠牲となってしまったのである。



侍従はヴィルヘルムを椅子から立ち上がらせた。



「早く着替えましょう。侍女を呼びますか?」

「いや……いい。着替えくらい一人でできるし、お前が手伝え」

「陛下は相変わらず人をこき使うのが好きだなぁ」



嫌味たっぷりの発言を、ヴィルヘルムはもはや気にも留めなかった。



彼の侍従――ダニエル・オーウェンは伯爵家の次男であり、ヴィルヘルムとは幼い頃からの付き合いだった。

ヴィルヘルムにとって最も信頼のおける部下であり、彼に無礼な発言をできる唯一の人間でもあった。



「――陛下、着替えをお持ちしました」

「ああ、ご苦労」



彼が侍女の代わりに服を持ってくるよう命じたのは、本宮に配属されている執事だった。

噂が立つのを恐れているのか、彼は女性を執務室に入れないことを徹底している。

入ったことがあるのはマデリーンとソフィアの二人くらいだろう。



着替えの服を受け取ったヴィルヘルムは、汚れたシャツを脱ぎ捨てた。

鍛え上げられた彼の肉体が姿を現わした。膨らんだ胸筋や六つに割れた腹筋は、まるで彫刻のように美しかった。



「陛下、いつ見ても綺麗なお身体ですね。陛下に抱かれる側妃様が羨ましいです」

「お前、今日はいつもより無礼な発言が多いな」



ダニエルの冗談に、彼は眉をピクリと上げた。

今の冗談は流石に度が過ぎていたと、ダニエルも感じ取ったようだ。



「ところで……さっきの話の続きだが……」

「ああ、王妃陛下が側妃様とお会いしたという話ですか?」



ヴィルヘルムはシャツのボタンを閉める直前で手を止め、ダニエルのほうを向いた。

その顔には、心配の色が滲んでいる。



「その……何か、トラブルはなかったか?」

「……いえ、特にはありませんでしたよ。王妃陛下は声を荒らげることもなく、穏やかな口調で側妃様に接していたそうです」

「そうか……」



ヴィルヘルムはふぅと安堵の息を吐いた。

ソフィアに何かあったらどうしようと思っていたが、そんな心配は杞憂だったようだ。



「……彼女のお腹には子がいるんだ。王家の血を引く、大切な子がな」

「ええ、もちろんわかっていますよ。国民たちが王孫の誕生を今か今かと待ち望んでいますから」



彼の心配に、ダニエルは笑顔で言葉を返した。




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