8話
俺は執務机の上に突っ伏していた。
書類がどんどん溜まって積み重なっている。だけど手が動かない。仕方なく書類を読んで聞かせているマクシムが、どんなに辛辣な目でため息を吐いてきても、脳がどうしても指令を出してくれない。俺の脳内を埋めているのは、あいつのあの言葉。
"貴方と居るのが、もう辛いです"
終わった・・完全に。
「当たり前でしょう、恋人と無理矢理引き離しておいて。こうなる前に、なんとか出来なかったんですか」
「・・・・分かってるよ」
マクシムがまた、深いため息をついた。
どうにかしたかったさ、俺だって。だけど俺は誰より分かってるんだ。
あいつと俺の13年・・あいつが俺を好きだった事は、『一度もない』ということを。
エレンと俺の出会いは6歳の頃、学園の少等部入学のときまで遡る────。
その頃の俺は、国の王子としてチヤホヤされ続け調子にのりまくり、数人の取り巻き達と人気遊具の滑り台を独占する様なクソガキ・・もとい、欲望に忠実な純粋な少年として育っていた。そこへ立ち向かった一人の勇者が居た。
「じゅんばんはまもってください!」
学園指定の男子の制服を着たその少年は、臆さず俺の方へまっすぐに視線を向けてきた。
「なんだお前? 僕が誰だか分かってるのか?」
「この方はジオラルド殿下だ! この国の王子様だぞ! 一番偉いんだぞ!」
「そんなの関係ありません! みんなすべり台を使いたいんです、ちゃんと他の子にも使わせてあげてください! ずるいですよ!」
「なんだと、お前・・」
俺は生意気なその少年に詰め寄った。
「この僕に随分な口を聞くな。まぁいい。それならばお前の勇気に免じて、賭けをしようか」
「かけ・・?」
「そうだ。僕とお前、どちらがこの遊具の使用権を得るか・・潔く決闘で決めようではないか」
「けっとう・・?」
「ひゃはは!それはいいですね!」
「殿下はお強いんだぞ!」
「けっとう・・?」
「そうだ。なんだ、さっきの威勢はどうした。怖気づいたのか?」
「・・・・けっとう・・? 砂糖の種類か何かですか?」
「違うわバカ! 戦って勝った方の言う事を聞くってこと!・・まぁいい。勝負は明日の昼休み、午後1時からだ!」
俺には専属の家庭教師がついて最高の教育がなされていたし、文武共に超優秀。自信しかなかった。しかし────。
「しょ・・勝者、エレン!」
結果はまさかの敗北・・。しかも悔しさでいっぱいの俺に、更なる屈辱が上塗りされる事となる。
「エレンちゃん、女の子なのにすごーーい」
な・・
正に耳を疑った。
女? そんなバカな。だってこいつ、男の制服着て・・
「お前・・男・・だよな?」
「いえ、女です」
「はぁ!? なんで男の制服着てるんだよ!」
「あ、これですか? 近所のお兄ちゃんのお下がりをもらったので。うち、貧乏なんです」
平然と宣ったあいつを前に、俺はあんぐりと口を開けて放心した。
だからって男の制服着る・・? 貧乏が過ぎるよ・・。
女に負けたという事実も、この世にそんな貧乏が存在するということも・・全てがその時の俺にとっては衝撃的だった。
そして何より初めての挫折が、俺のプライドを傷つけた。
「この僕に恥をかかせやがって。このままでは済まさないぞ、エレン・スペンサー・・!」




