9話
それからというもの、初めて俺の前に立ちはだかった宿敵を叩きのめし名誉を回復することは、俺の命題となった。その日俺はあいつの見ている前で、これ見よがしに豪華な弁当を広げた。狙いどおり、あいつが釘付けになっているのを確認して、俺はフッと笑みを浮かべる。
「なんだ、羨ましいのか? まあ、お前がそこに土下座して、どうか分け前を下さいとお願いするなら、考えてやらないでもないが・・」
ニヤリとしながらあいつの反応を伺うと・・あいつはその場にあっさりと、綺麗な土下座をかました。
「わけまえをください」
「えっ・・あっ・・そ、そこまで言うなら仕方がない! 分けてやってもいいぞ」
「ほんとですか!? ありがとうございます!」
敷物の上にぴょんと乗ってきたエレンは、ガツガツと豪華弁当を食し始めた。こいつ・・プライドってもんが無いのか? みるみる減っていく弁当の箱。俺は完全に白い目であいつを眺めていたのだが。
次の日もあいつは俺の前に現れた。その次の日も、そのまた次の日も、あいつの土下座が炸裂し・・気づいたら俺は、毎日エレンと一緒に昼食を食べる羽目になってしまった。
「はぁーおいしい。毎日こんなにおいしいごはんが食べれるなんて幸せすぎる。持つべきものは、友達ですね!」
満面の笑みを向けられて、俺は狼狽えた。友達、だと・・?
「と、友達のわけあるか! 僕は一国の王子だぞ! お前なんか、いいとこ子分だ!」
「こぶん・・あのダシをとる?」
「それはコンブ! もういい、お前みたいなアホとじゃ話にならん」
「あ、まってください、殿下・・」
友達だと? この俺と対等のつもりか、あの貧乏人。あいつ相手だといつも調子を狂わせられる。なんとかあいつに痛い目を見せてやれないものか・・。
そんなとき俺の目に入ったのは、壁に貼られた『危険』の文字。学校の裏山にうさクマが出るから駆除できるまで近づかないように、という注意文だ。うさクマは、うさぎのような耳を持ち、それで獲物を油断させて襲いかかる猛獣だ。俺は妙案を思いつき、ニヤリと口端をつりあげた。
「なるほど・・これはいいかもな」
裏山にエレンを連れ出し、少しの間置き去りにする。さすがのあいつも怖くて泣き出すかもしれない。あいつに一泡ふかせてやるチャンスだと考えた俺は、さっそく先生たちの目を盗んで、あいつを裏山へと連れ出した。学園の裏山には、とんでもなく美味いという幻のキノコが生えているという嘘を吹き込んで。
「殿下、まだ先へ行くんですか?」
「なんだ、怖いのか?」
「そうですね、慣れない山へ深く入るのはあぶないです。道を見失うと、すぐに方向が分からなくなりますし」
「お前にしてはまともな事を言うじゃないか」
「いつも家の近くの山で狩りをしてますから」
「え? 子供のお前一人で?」
「ええ、たとえば・・」
エレンはそう言って、口元に指を立てた。そして、そっと下に落ちていた石を手に取った。辺りが静寂に包まれる中、あいつは突然、斜め後方の天に向かって、思い切りその石を投げた。するとガサガサと木の葉が揺れる音と共に、地面へと落ちてきたのは、一羽の鳥だった。
「とまぁ、こんなかんじです」
な・・
俺は唖然として言葉を失った。こいつ、姿の見えない木の上の鳥を、石だけで・・? 気配なんて全く感じなかったぞ。こいつの異常な強さ、山での修行の成果って事か・・?
「これでキノコも手に入ったら完璧な夕ごはんですね。鳥さんありがとう、いただきます」
ただの食料調達だった!(汗) 苦労は人を育てるって、こういう事!?
やっぱりこいつはヤバい奴だ・・。山慣れしてるみたいだし、この作戦は暗礁に乗り上げかけている。もうさっさと帰ろう。
「あ! あれじゃないか!?」
俺が近くの木の根元に生えるキノコを指差すと、あいつはそれに近寄りマジマジと見つめた。
「見た感じ、ただのトロミダケに見えますね・・」
「に、似てるけど違うらしいぞ!」
「そうなんですか。どっちにしろ食べれるキノコには違いありません。とりましょう」
「ああ。俺はあっちのとるから・・。そういえば気をつけろよ。最近この辺で、うさクマが出るって噂があるんだ」
「うさクマ? それはよくないですね。あいつは危ないやつです。これを取ったら、もう帰りましょう」
せっせと周りのキノコを収穫し始めたあいつを見て、俺はあいつを残して帰りの山道を急いだ。俺が突然消えたら、ちょっとは焦るだろうか。せめて驚かせてやろうと思って、俺は山道脇の木の影に潜んだのだが。
後方で、ガサッという草の揺れる音がした。振り返ると、草の影から白いモフモフのウサギの耳が覗いていた。なんだ、と思って視線を山道へと戻したのだが。
(────ウサギ?)
俺はもう一度振り返った。するとそこに覗いていたウサギの耳がニョキニョキと伸び始めた。そしてそれに続いて姿を現したのは、自分の身体を上回る巨体・・
「う、・・うさ・・クマ・・」
俺は驚きと恐怖で、その場に尻もちをついてしまった。うさクマはゆっくりと、こちらへ近づいてくる。まさか本当に現れるなんて。6歳の頭の悪いクソガキだった俺の、そんな浅はかな行動が────あいつの人生を狂わせた。
目前に迫る恐怖に、俺は情け無く震えることしか出来なかった。しかしその時、うさクマ目掛けて、横から石が放たれた。
「お前の相手はこっちだ!」
「エレン!」
うさクマは石を投げたエレンの方を見た。だけど再び、俺の方へ視点を戻した。動くことのできない俺の方が、楽な獲物だと踏んだのだろう。
「クソッ・・!」
エレンは手に木の枝を取り、なんとか意識を俺から逸らそうと、うさクマの背に飛び乗り、枝を突き立てた。うさクマは悶えて身を起こし、身を振るってエレンを振り落とした。
その後の光景は、今でも鮮明に記憶に残っている。
地に落下して大勢を崩したエレンの、脇腹から背中にかけて・・うさクマの鋭い爪が引き裂いた。
「・・エレン!!」




