6話
貴族階級の令息令嬢の教育が義務づけられている王立学園には、少等部と高等部が存在する。6歳で少等部に入学し、10歳から16歳までを高等部で、騎士コース、文官コース、令嬢コースに分かれて専門教育を受ける事となる。
10歳のその日・・どきどきしながら令嬢コースの、ふわふわした可愛らしい制服に袖を通した私の前で、殿下はこんな事を言った。
「やっぱりエレンには令嬢コースではなく、騎士コースに進んでもらう事にする」
「し、しかしエレン君は女の子ですし・・女性が騎士コースへ進んだ前例は・・」
「こいつは剣の才能はあるが、女らしいことなどからっきしじゃないか。令嬢の嗜みなんか学んだところで、どうせまともな結婚なんか出来る訳ないだろ? でも騎士になれば、俺が護衛として一生雇ってやるんだから、将来安泰じゃないか」
殿下のその一言で、私は女性でただ一人、騎士コースへ進むための基礎試験を受けることになった。貧しくて学用品も満足に揃えられない私の為に色々と援助をしてくれた殿下に対して、嫌だなどと我儘を言う訳にはいかない。この少しの胸の痛みを我慢すれば、きっとすぐに忘れしまうだろう。何より殿下は、私の将来を考えてそう言って下さっているのだから。
幸い、いつも食料調達の為に農作業や狩りに勤しんでいた為か、試験は難なくクリア出来たのだが。ちなみに、騎士コースに進んだ貴族令嬢は、歴代で私が初めてだそうだ。私の人生のレールは常に殿下の手で敷かれていて、こうした無茶苦茶な路線変更もまた然り。
だけど今回は結婚だぞ────ただ従えばいいってものなのか・・?
「エレン様! またそんな風に足を広げてお座りになって、なんてはしたない! 何度も言いますが、足はピッタリ揃えて膝下は斜め45度、これは常識中の常識ですわよ!」
「・・妃になるのが前から決まってたなら、どうして騎士を目指させられたんだよ」
「what!? 何か仰いまして? 口ごたえは許しませんわよ、エレン様!」
それならむしろ令嬢コース行かなきゃダメだろ。騎士を目指すように言ったのは殿下なのに、今更そんなの絶対おかしい。私の高等部での6年間は、一体なんだったって言うんだ? 絶対に、この婚約には何か裏があるはずだ。
"子供が欲しいのならば、お前はここで俺の子を育てればいい。それで本望だろう"
「全然本望なんかじゃないですよ。それじゃ私は後の王妃で、その子は王子?? そんなの昨日の今日で、はいそうですかと言えるわけないでしょうよ。一介の騎士目指すのと訳が違うんですよ?・・」
「何を溜息なんかついてらっしゃるの? 溜息をつきたいのはこちらですのよ!?」
殿下はどうして、いつもあんなに頭ごなしなんだろう。
騎士を目指すように言われたのは、私の将来を考えてくれた結果だと思っていた。だからこそ私も真剣に取り組んだんだぞ。なのに突然ドレスを着せられて、ここで「俺の子を育てろ」? この婚約に何かのっぴきならない事情があるのだとしたら、あんな言い方しないで、ちゃんと説明してくれてもいいはずなのに。
アークの優しい笑顔が脳裏を過ぎると、無償に切なくなった。私が欲しかったのは、こんな王宮での仰々しい生活じゃなくて、ただ平凡な幸せだったのに。後継を育てるのは王族にとって重要な事だろうし、信頼できる人間に任せたいってことなのかもしれないけどさ。だけど結婚だよ? 少しは私の気持ちも考えてくれたって・・。
「ひどいよ・・」
「酷いのは貴方ですのよエレン様! 一週間後には婚約発表パーティーが予定されているのです! 殿下に恥をかかせるおつもりですか!?」
「えっ? あ・・アリス先生」
ハッとして正気に戻ると、眼鏡に手を当てこちらに厳しい目を向ける私の教育担当、アリス先生が居た。
「ああ、そういえばお勉強中でしたっけ?」
私が笑顔で姿勢を正すと、先生は顔を真っ赤にさせて、目を針のように釣り上げた。
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婚約発表パーティーには国中の有力貴族が招待された。基本的には伯爵家以上の爵位を持つものは、全員対象だ。
殿下のエスコートで私が登場した際、会場内が騒ついたのは当然のこと。貧乏伯爵家の騎士令嬢って、ある意味有名だもの。
「ご婚約おめでとうございます。エレン様、とてもお綺麗ですわ」
「いつもの男装も凛々しくて素敵だけれど、ドレスも大変お似合いになられますね」
「エレン様の剣の腕は耳にしておりましたが、こんなに美しい方だったとは存じ上げませんでした。殿下もお目が高い」
皆が口々に祝いの言葉と、賛辞を述べる。それがお世辞だという事など、自分が一番よく分かっている。それにニコニコと愛想よく答える心の余裕はなく、私は殿下の隣で淡々と、会釈を返し続けた。その方がボロも出なくていいだろう。私、アホだし。
護衛としてではない殿下の隣りは、あまりにも場違いで居心地が悪い。軍服からドレスに着替えただけで、世界が180度変わってしまったみたいだ。中身である私は、護衛騎士であったときと、何一つ変わっていないというのに。この狂った時間が早く過ぎ去ればいい、そう思っていたときだった。
「取り押さえろ!」
その緊迫した声を聞いて、私は反射的に殿下を背に護り身構えた。瞬時に周囲に視線を巡らすも、こちらへ襲いかかってくる様な殺気を放っている者は居ない。そして次の瞬間、私の視界が捉えたのは、兵士らが集中している一点。既に不審者の男を取り押さえている様に見える。そして遠くにその男の声を聞いた私は、無意識のうちに走り出していた。
その男はこう言っていた。「どうか彼女と、一度だけ話をさせて下さい」と。
人々の影の隙間に、床に押さえつけられた、彼の顔を見つけた。
「・・アーク!」
声をあげたとほぼ同時だった。誰かの手が私の腕を捕えたのは。ハッとして振り返る。それはマクシム様の手だった。怒りの色を露わにした・・。
「妃としての自覚を持てと言っただろう、馬鹿者が」
「・・マクシム様・・!」




