5話
「まって下さいマクシム様! どういう事ですか!? もう少し経緯を詳しく説明して下さい!」
マクシム様の腕に縋り付いた私に、彼は全く取り合う様子を見せなかった。
「どういう事も何もない、王室がお前を殿下の婚約者に指定した。それだけの事だ」
「何故私なのかと聞いているのです! 殿下にはもっと相応しいご令嬢が沢山いらっしゃるでしょう!? それに私はアークと、結婚の約束をしているんです! 私は彼と・・」
そう言いかけたとき、マクシム様から厳しい視線を向けられて、私は思わず言葉を途絶えさせた。
「殿下がお相手では不満だとでも?」
彼はそう、私に冷たい威圧を向けた。そして反論できないでいた私から、その氷の視線を父へと向けた。
「カーチスよ。お前の作った借財の整理をしたのは誰だ」
「・・ジオラルド殿下です」
「お前たち家族がこれまで、人並みの生活を送って来られたのは、全て殿下の施しのお陰である。エレンよ、お前に決定権は無い。もしも今のような発言で、殿下と王室の威光に泥を塗る様な振る舞いをしたならば、俺はお前たち親子を決して許さぬ」
────本気だ。このマクシム様の目・・
「・・・・。せめて、アークと一度、話をさせて下さい。彼に事情を説明して、ちゃんと断りたいんです」
「あの男は近衛隊から退いた。もう会う事もあるまい」
そんな・・
"エレンとなら楽しく暮らせそうだ"
そう言ってくれたアークの笑顔が胸に浮かんで、私はぎゅっと胸元を握りしめた。
私だってそう思った。この人となら楽しく穏やかな生活を共に歩んでいけるって、そう思えたのに。こんな形で裏切ることになるなんて嫌だよ。
どうして・・どうして突然、こんな事になるんだよ────。
「エレン・スペンサー。今日この時より貴殿を、王太子ジオラルド・ハリス・ウィンザーの婚約者に指定する。また、貴殿には一代に限り公爵位を授け・・」
宰相のバハロム卿が指定文を読み上げる間も、私の思考はアークの事でいっぱいだった。先程マクシム様は、アークは近衛隊から退いたと言ったけど、彼にそんな素振りは無かっただろ。もしも私との事が原因で除隊させられたのだとしたら・・私はアークに、なんて詫びたらいいんだ。
「エレン」
不意に名前を呼ばれて、私はハッとして顔をあげた。そこにあったのは、私の方へと差し出された、ジオラルド殿下の手。
「手を」
"お前は僕の子分にしてやる"
幼い頃と変わらない、美しい光沢のある紫がかった銀髪と、深い碧の瞳。完璧な王子に成長した私の支配者は、あの時と同じ様に私に手を差し伸べた。
どうしてですか。殿下・・
これは貴方も了解している事なんですか? 大人になっても私は、貴方の用意した道を、後ろから付いて行く事しか許されないんですか?
私が幸せになるの・・
なんだかんだ殿下が、一番喜んで下さると思っていたのに────。
「殿下と王室の威光に泥を塗る事は許さない」と言ったマクシム様の、視線が背中に突き刺さっている気がする。その圧力に促され、私が殿下の差し伸べた手に自分の手を重ねると、あの方は微笑を浮かべて、優雅に私の手を引いた。王陛下と王妃殿下の座る、玉座へ向けて。お二人は私に向けて、もったいないほどの微笑みを下さった。
「エレン。これまでジオラルドに良く仕えてくれた。これからもよろしく頼む」
「二人とも仲良くね。ジオラルド、エレンを大事にするのよ?」
「はい。父上も母上もご存知のとおり、エレンは私にとって恩人であり、長い時間を共有してきた、最も大切な存在ですから」
殿下はそう言って、海のような紺碧の瞳を私の方へと向けた。だけど私は、その眼差しに笑顔で返す事はできなかった。
「そうね。確かにジオラルドの事は、私達よりもエレンの方が、良く知っているかもしれないわね。なんにせよ、やっと二人が収まるべきところに収まってくれて嬉しいわ。エレン、これからは私達が貴方の親です。遠慮なく頼ってくださいね」
「・・・・はい。ありがとうございます、陛下、王妃殿下」
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挨拶を終えて、私が連れて来られたのは、先程着替えをさせられた、あの豪華な王宮の一室であった。今日から私はこの部屋で生活をする事になるらしい。家族との別れを惜しむ時間すら、碌に与えられず・・。
「当然だがお前は、明日からは俺の護衛を務める必要はない。代わりにお前には、王宮内での作法や決まり事、後の王妃としてこなすべき仕事などについて、学んでもらう事になる」
部屋を去ろうとするジオラルド殿下の腕を、私は止めた。
「・・どうした?」
「・・少し、お話しが。・・人払いを」
下を向きながらも、掴んだ殿下の腕に力を込めた。すると殿下は少し溜息をつき、周囲に目配せをした。侍女たちが無言で、部屋を出ていく音がした。誰も居なくなったのを確認してから、私は殿下に、溜まりに溜まった不満をぶつけた。
「どういう事ですか? どうして私が突然、殿下の婚約者などに指定されるのです? うちは貧乏伯爵家ですし、殿下にはもっと相応しいお相手がいらしたはずです。例えば、ハワード公爵家のセレーネ様とか・・」
すると殿下は、こんな事を言った。
「俺の妃になるのが、そんなに嫌か?」
え・・?
殿下の目がマクシム様のときと同じ────今まで見せた事もないような冷たい色を纏っている。
「そ、そういうことじゃなくて・・朝お伝えした通り、私には一応、結婚の約束をした相手が・・」
「最初からだ」
「え?」
「お前が俺の妃になる事は、以前からの決定事項だ」
「は・・? だって、そんな話は一度も」
反論が口をついて出かけた、そのときだった。殿下が私の後ろの壁に、まるで苛立ちをぶつけるかの様に、乱暴に手をついたのは。支配者であると同時に幼馴染でもある殿下に、怒ったような睨みを向けられて、私は驚いて身体を強張らせた。
「あの男のことは忘れろ。そう長い付き合いでもなかっただろう。子供が欲しいのならば、お前はここで、俺の子を育てればいい。その子は国中から祝福を受けて、何不自由のない生活を送れるのだ。それで本望だろう」
な・・
「待って下さい、殿下っ・・」
殿下は私の声を無視して、部屋から出て行った。乱暴に閉められたドアの音が、怒りを孕んでいる。一方的に終わりを迎えた話合いの場は、私に更なる反発心を植え付けただけだった。




