4話
アークの姿が見えない────。
(両親の許可も貰ったって、早く伝えたかったのにな)
その為に少し早く出て来たってのに。アークって今日、午後番だったっけ?
仕方なく私は仕事前にアークに会う事を諦めて、殿下の執務室へと向かった。
「おはようございます、ジオラルド殿下」
私がご挨拶をすると、殿下とその隣にいらっしゃったマクシム様は、揃ってこちらへ視線を向けた。殿下の碧い瞳と目が合うと、あの方はあまり表情を動かすことなく、私にこう聞いた。
「昨日は何をしていた?」
(・・ん?)
どうしてそんな事を聞かれるのだろうと、少し違和感を覚えた。だけどこれは結婚の話を切り出すチャンスだ。いつもお忙しい殿下のお手を、私事で止めさせるのは、最小限に留めたい。
「昨日はあの後、人と会ってまして。その件で殿下にご相談なのですが、実はその・・私、結婚しようかなぁ、なんて思ってまして」
幼い頃から一緒に学生生活を歩んできたジオラルド殿下に、こんな話をするのはなんだか照れ臭くて、私は顔を赤くして頭をかいたが、殿下は驚く事もなく、私の方をじっと見据えたままだった。私みたいのが結婚話を持ってくるなんて、正直殿下には一番驚かれると思っていたけど・・この反応は少し拍子抜けだ。
「そ、それでですね。子供を産んで育てるとなれば、このお仕事を続けていけるかどうか分からないですし、前もって殿下のお許しを頂かないといけないなと思っておりまして。如何でしょうか。実は相手は同僚の────」
「どうして結婚しようと思ったんだ?」
「え?」
どうして?・・
予想外の質問を投げかけられて、私は言葉に詰まった。殿下は相変わらず真面目な表情で、私の目をじっと見つめている。
「えっと・・」
「家族を食べさせていくには充分な給金を渡している筈だが」
「それはもちろんです! ですがその・・私にも一応、結婚への憧れみたいなものがありまして・・」
口に出してから私は、恥ずかしくなって益々顔を赤くした。コイツ、こんななりでそんな事を考えてたのかと、殿下に思われてるんじゃないかと思ったら。私は慌てて、こう弁解した。
「う、うっすらですよ! ほら、殿下の仰る通り、私みたいのにこんな機会、もう二度とないかもしれませんし! 一応ですけど女として生まれた以上、子供を抱くってのも体験してみたいですし!」
「そうか。分かった」
「え?・・じゃあ、お許し頂け・・」
目を輝かせた私から、殿下はその紺碧の瞳を外した。・・隣のマクシム様の方へと。
「エレンを連れて行け」
「・・かしこまりました」
────ん?
マクシム様は私の腕を掴んだ。そしてそのまま強く引かれ、私は殿下の執務室から連れ出されてしまった。
「あ、あの・・?」
戸惑いの声をあげても、マクシム様が振り返る事はない。
「マクシム様・・どこへ行くんですか?」
「後で説明する」
「・・?」
どういう事だろう・・? 脱退予定者だから、殿下のお側付きから外されるって事か? それなら殿下にお礼を申し上げなきゃならない事、たくさんあったのに・・。
腕を引かれて連れて行かれたのは、王宮内のある一室であった。いつも警備の為に泊まる兵士用の詰所とは大違いの、広くて豪華な調度品で飾られたそのお部屋には、4人の若い侍女と眼鏡をかけた中年の淑女が居て、私達がドアを開けると一斉に頭を下げた。
「これがエレンだ。まずは着替えさせろ」
「かしこまりました。エレン様、こちらへ」
侍女たちは揃って私の手を引いた。着替え・・? 意味が分からず、私はただただマクシム様へ困惑の眼差しを送ったが、彼は部屋に置かれていたソファに腰をかけ、私の方を見ることは無かった。連れて行かれた奥の部屋には鏡台と、様々な色味のドレスが吊るされていて、眼鏡の淑女は私の頭から足の先までをまじまじと見つめた後、白いドレスを手に取った。
「エレン様。お手伝い致しますので、こちらにお召し替えをお願い致します」
「ちょっと待って下さい。一体どうして着替えなんか・・」
すると淑女は腰に刺していた教鞭を手に取り、ビシッと私に突きつけた。
「ちょっと待って下さいではなく、少しお待ち下さいと仰って下さい。また、発言をする際には、少し宜しいですかと聞くのが、より丁寧です。これから王への謁見が予定されており、お召し替え頂くのはその為です。王族の皆様へ、失礼のない様にお気を付け下さいませ」
「王への謁見・・?」
何故王へ謁見する必要があるのだろう。騎士団を脱退する旨の挨拶だろうか。一介の騎士が脱退するのに、いちいち王がお会い下さるなど、聞いた事がないが・・。
****
ドレスに着替えさせられ、念入りにお化粧を施され、万年一つに結っていた髪は下ろされて、香油を付けて丁寧にすかれたあと再び結いあげられ、花が飾られた。どの色が合うだとか、いちいち色々試すので、すべてが仕上がる頃には二時間近く経過していた。
私が奥の部屋を出ると、そこにはマクシム様だけではなく、何故か父母の姿があった。
「お父さん、お母さん? どうしてここに?」
「エレン・・」
驚きの声に気づいた父母はこちらを振り返り、ソファから立ち上がった。そしてこんな事を言うのだ。
「エレン・・すまない。甲斐性のない父さんを、どうか許してくれ・・」
「お父さん?」
父は今にも泣き出しそうな顔をして、私の手を握った。隣の母も、暗い顔をしている。何があったのか分からない私は、ますます困惑して眉を顰めた、その時だった。
マクシム様の口から、あり得ない事実が告げられるのは・・
「エレン。これからお前は両親と共に、王陛下と王妃殿下に謁見してもらう。用件は婚約の報告と、顔見せの為だ」
「は、はい。しかし何故、自分なんかの婚約報告を陛下に・・」
「お前の結婚相手は、アークではない。ジオラルド殿下だ。お前には今日正式に、殿下の婚約者として王室からの指定が下される」
「は?」
何を言われているのかすぐには分からなくて、ぽかんとしてしまった。
今・・マクシム様・・『ジオラルド殿下』って・・
「また、今日からお前にはこの王宮で生活してもらう。後の王太子妃としての、自覚を持って行動するように」
「え────・・?」




