不審者 01
朝、霧のような小雨が降り続けている。
蝉の声の代わりに、屋根から落ちる雫が、優しく響く。
少し胃がむかついて、朝食を食べるのは厳しい。
台所で、歩きながら熱いほうじ茶をすする。
「回覧板、まわってきた?」
母さんは、台所で手を動かしながら、ちらりとこちらを見てため息をついた。
何も答えない母に軽く苛立ち、聞きただす。
「回覧板は?」
「もう回したよ」
「最近、不審者が出るんやって?」
リビングから親父の声が響いた。
「後ろで髪を束ねた、三十から四十の男やろ」
「何、知ってたの?」
ムッとして話しながらリビングまで歩いていき、親父の正面に立つ。
「疑ってる?」
「お前が仕事で家にいるのはよく知ってる。ただ、疑われるような振る舞いはするなということ」
「疑われるようなことは何もしてない」
「まず、その髪を切ってこい。ちゃんとすれば、疑われることもない」
「ちゃんと? 誰に向かってのちゃんと? ちゃんとしてるよ。自分で仕事をとってきて、自分で仕事して、自分で収入を管理して。煙草もギャンブルもやらない。これ以上のちゃんと、どこにある?」
親父と同じように、企業に属していなければ、社会人ではないような物言いに、腹が立った。
「人は、第一印象で勝手に判断するもんなんや」
「それは親父の価値観やろ。押し付けないでもらいたいわ」
「お前な、母さんがどれだけいろんなことを言われたと思ってるんや? 少しは思いやれ」
返す言葉が出てこなかった。
「少し大人になれ」
「俺は、自分のやれることをやるだけや」
財布とスマホをつかんで傘も持たずに玄関を出る。
傘をさしてゴミ出しのついでに立ち話をしていた、向かいの奥さんとその隣の奥さんがぎょっとしてこちらを見たので、睨みつけながら会釈する。
「くそっ」
足早に大股で歩く。
衝動に任せて、歩き続ける。
住宅街を抜け、スーパーの前にでた。
人とすれ違うたびに、粘り気のある視線が付いてくる。
視線を下げ、足早にスーパーの出入り口を通り過ぎる。
小走りで横断歩道を渡り、そのままバス停まで走った。
五分待って駅行のバスに乗る。高齢者が前の方の席を埋めている以外はすいている。
一番後ろの窓際の席に座って外を眺めた。
建物が入れ替わり、街路樹が大きくなっているけれども、俺の知っている空だ。
ビーっとブザーが鳴る。
「次、止まります」
バスが、一つもバス停を飛ばさず止まっていく。
人が降り、人が乗ってくる。昔はまどろっこしかったこの繰り返しも、今では自分のペースに合っている。
気が付くと席はほぼ埋まっていた。
駅に近づくにつれて、車線と車の数が増えていき、ファミリーレストランやドラッグストアの大きな看板が目立ち始める。
バスは、最後の角を曲がって、駅のロータリーで滑らかに弧を描いてから止まった。




