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推定有罪  作者:
2/5

地元

 遠くに大きな入道雲が見えた。梅雨明けが近いのか、あちらこちらでセミが鳴き始めている。

自宅から百メートルも歩いていないのに、Tシャツにはもう汗が染みてきた。

ジャージではなく、短パンを履いて来ればよかったと少し後悔する。

角を曲がり、花屋の前を通りかかると、花屋のおばちゃんに大きな声で呼び止められた。


「久しぶりやんか」

「お久しぶりです。おばちゃんも、元気そうで」


 エプロンをして、左手にひまわりの束、右手に花鋏を持って、大きく笑いかけてくれる。


「おばちゃんは、元気やで。お父さん、大変やな」

 おばちゃんには、小学三年生の時に、ここに引っ越してきたとき以来、ずっと気にかけてもらっている。しわが深くなり、少し体が萎んでしまったように感じた。


「そうなんすよ」

「戻ってきたんやろ? 親孝行やんか」

「喧嘩も多いですけどね」


 思わず苦笑いになる。


「仕事は?」

「ライターしてます」

「へぇ。頭のいい仕事やんか。すごいな。家で?」

「はい」


 おばちゃんは、一歩近づいて、笑い声をあげる。


「かっこええ髪型やんか。パーマかけてんの? よお似合ってるわ」

「ははは。かっこええでしょ」

「お父さんとお母さん、安心させたり」

「ありがとう。がんばります」


 互いに笑顔でうなずいて見せ、俺はスーパーに向かった。

 エアコンの涼しさにほっとしながら、特売日で混み合う店内を縫うように歩き回る。

朝食用の牛乳とほうじ茶のティーバッグ、夜食用のカップラーメンなどを次々とかごに放り込んでいく。そして、固形物が食べられない親父のために、ゼリー状のカロリー栄養食をまとめ買いする。

 レジの列の最後尾に並ぶと、後ろから話しかけられた。


「蒼太やんか」


 小・中・高で同級だった中本だ。

中二と高一の時に同じクラスになったこともあり、一緒に塾に通った仲だ。

七割が白髪の髪を七三分けにし、眼鏡をかけている。たるんだ頬に過ぎた年月を感じる。

白いポロシャツとベージュのズボンで中年の脂っこさをごまかしているつもりだろうが、でっぷりと前に突き出した腹は隠しきれない。


「うわ、中本や。久しぶり。元気か?」

「元気やで。こっちにいてるんか?」


 離れていた距離も時間も感じさせることなく笑い合えるのが幼馴染のいいところだ。


「戻ってきたところ。親父が病気になって」

「そうか。俺は、ずっとここやわ。仕事は?」


 列がじりじりと動くたびに少しずつ前へ詰めていく。

列の二人前では、おばあさんが財布を開けて、小銭を取り出すのに苦労している。


「フリーでライターしてる。パソコン関係の記事を書いてる」

「へぇ。ええなぁ。自由。あこがれるわ」

「そんなことないで。結構大変。自分は何してるん?」

「サラリーマンよ。今日は、休み」


 前の客の会計が終わり、大きく押し出されるように列を前に詰めた。

そこかしこでなり続けるレジの機械音が気ぜわしく追い立てる。


「えっと、俺の番号。080‐※※※※‐※※※※。また、飲みに行こう」


 中本が急いでスマートフォンを取り出し、番号を入力している。


「080‐※※※※‐※※※※やな。また誘うわ」


 中本はそのまま買い物に戻り、俺は会計を済ませてスーパーを後にした。この感じは、久しぶりだ。

東京に20年も住んでいたのに、買い物に出てもほとんど誰に会うこともなかった。

隣の部屋の住人については、顔と苗字しか知らず、玄関先で鉢合わせたときに会釈をする程度だ。


 東京でフリーランスをすることは、自由気ままだった半面、孤独で不安定だ。

一日のうちでパソコンの画面と向き合う時間が一番長く、その次が睡眠時間だ。

自宅が職場だから、通勤や会社の人間関係にエネルギーを奪われることもない代わりに、人の姿すら見ることなく終わってしまう日も多い。

手柄と収入は独り占めだし、関わった本や雑誌が書店に並んでいるのを見ることは、この上ない喜びだからこの仕事を辞めるつもりはさらさらない。

ただ、仕事上の苦労も喜びを分かち合えない寂しさと諦めはついて回る。


 大阪に帰ってきても、仕事の内容が変わらない以上、孤独なのは変わりない。

しかし、両親や友だちと言葉を交わすだけで、生活の中に血が通い始めているのを実感している。

人の中で暮らすというのは、いいものだ。

 鈍い色のアスファルトの照り返しに蒸し焼きにされて汗が止まらないけれども、入道雲と蝉の合唱の組み合わせが心地いい。


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