第二十話 森の激突、ホーンディア三体
森は昼を過ぎても薄暗かった。頭上を覆う枝葉が日差しを遮り、湿った土の匂いが漂う。鳥の声が遠くに響くが、不思議と獣の気配は薄い。俺とミザリーは言葉少なに進んだ。今日の目標はEランク依頼――ホーンディア三体の討伐だ。
緊張感が高まる。薬草採取の依頼なら気楽だが、今回は正式な討伐。依頼書には「農地を荒らす群れ」と記されていた。俺たちが倒せなければ、農民たちの生活に被害が及ぶ。責任が肩にのしかかる。
やがて小さな沢に差しかかる。水面に揺れる影、草を噛む音。大きな体躯が三つ。角を誇示する群れの主、突撃に備えるように低く構える力自慢、そして周囲を旋回する斥候。間違いなくホーンディアの群れだ。
「……三体いる」ミザリーが囁く。
「罠に誘い込む。足を止めたら一気に仕留めるぞ」
「わかった。でも気をつけて。三体同時なんて危ないよ」
「大丈夫。俺たちならやれる」
俺は自分に言い聞かせるように答えた。
―
俺は枝を踏み鳴らし、わざと音を立てた。斥候がこちらを振り返り、甲高い声を上げる。瞬時に三体の視線が集中し、地響きと共に突進してきた。
「来た……!」
足音が森を震わせ、落ち葉が宙に舞う。巨大な角が日差しを反射して光り、突進の威圧感は正面から見るとまるで戦車だ。
俺は全力で獣道に走る。背後の咆哮が肺を圧迫するほどに近い。最初の一頭が罠を踏むと、縄が弾けて足首を絡めた。巨体が転倒し、地面に激突。土煙が舞い上がり、森が震えた。
「一体目、止まった!」
二頭目が突っ込んでくる。俺は「踏鳴三拍子」を発動。足裏が重く地を掴み、踏み込みが鋭さを増す。さらに「三秒加速」を重ね、刹那の間に横へ回り込む。短剣を突き上げ、首筋を切り裂いた。鮮血が飛び散り、二頭目は崩れ落ちる。
「やった!」ミザリーの声が響いた。だが喜ぶ暇はない。三頭目が横から襲いかかってきた。
俺は咄嗟に身をひねったが、避けきれず角が鼻梁を直撃する。
「ぐっ……!」
激痛で視界が揺れる。息が詰まり、立っていられない。脳が真っ白になるが、その瞬間、頭の奥で声が響いた。
《無属性スキル:体術・回避動作》
体が勝手に転がり、間一髪で追撃を避ける。地面を転がりながら背後に回り込むと、呼吸が整い、全身が軽くなった気がした。
「……今の、助かった」
「水よ、絡め!」ミザリーが杖を振る。沢の水が鞭のように伸び、三頭目の足を縛る。さらに土の杭が突き出し、体勢を崩す。
「今だ!」
俺は短剣を逆手に持ち、渾身の力で突進。喉元へ突き立てた。断末魔の叫びが森を震わせ、三頭目も地面に沈んだ。
―
静寂が戻る。森の奥で鳥の声が再び響き始めた。俺とミザリーの荒い息だけが残る。
「三体……全部倒したな」
「うん……リーン、大丈夫? さっきすごい音したよ」
「……痛みで閃いた。回避が体に染みついた感じだ」
ミザリーは呆れつつも微笑んだ。
「ほんとに変な強くなり方。でも、これがリーンだね」
「だろ?」
戦利品の処理が始まる。俺たちは縄と滑車を使い、死骸を固定。背負い板に括り付ける。ホーンディアの体は馬より大きく、持ち運ぶのも一苦労だ。肩がきしみ、汗が滝のように流れる。
「重っ……これで金貨1枚と小金貨5枚か」
「うん。でも村の人たちは、肉も皮も役立つから助かるはずだよ」
「だな……」
ミザリーの言葉に、俺はふと気づく。冒険者の仕事は金だけじゃない。こうやって誰かの生活を守ることが本当の役割なのかもしれない、と。
―
夕暮れの森を抜けるころ、木々の間から赤い光が差し込み、俺たちの影を長く伸ばした。痛みと重みを背負いながらも、胸の奥は確かな誇りで満ちていた。
「リーン」ミザリーが小さく呼んだ。
「ん?」
「……かっこよかったよ」
「へ?」
「いつもドジっぽいけど……本当に戦ってるときは違うんだね」
顔が熱くなる。けど、照れ隠しに鼻をこすった。
「ま、まあな。俺は痛みによって強くなる男だからな」
笑い合いながら、ソルトレインの街の灯を目指した。




