シアナ共和国での生活
気づいたらいつの間にかシアナ共和国へきて2か月が過ぎていた。
僕は今、イーチェンのお父さんの作った会社で通訳や翻訳の仕事を手伝わせてもらっている。
職場には女性もたくさんいるし、外国からきた人もたくさんいた。
社内の共通言語はエンゲル語の為、非常に仕事がしやすい。
街の中心にある巨大なオフィスビルがイーチェンのお父さんの会社で、そのビルの中にいくつもの会社が入っていてそれが全部お父さんの会社だというから驚きだ。
僕はその色々な会社の取引先である国のお客さんと営業の人に同行しあちこちで仕事をしている。
イーチェンのお父さんの事は他の社員と同様'社長'と呼ぶようになった。
はっきり言って、スクールに行っているよりよっぽど面白い。
スクール自体は嫌いじゃないけど、ここには今まで僕が知らなかったことががくさんあって、新しい出会いがあってわくわくしっぱなしだ。スクールに通う時間が惜しいから僕は通信で講座をとり自宅で夜勉強することにした。イーチェンも同じようにしている。
リスラ共和国にいるマルクとレナートが僕がいないことを寂しく思っていないか、それが気がかりだったけどそれ以外はフリッツやユーラには申し訳ないが本当に楽しく過ごしている。
イーチェンはみんなの前ではとても厳しく冷たい態度だった。ただ、彼自身は僕がエンゲル王国で見たとおりとても真面目で努力家だったから周囲の人たちもイーチェンを警戒しながらも彼を認めているようだった。失敗できない、馬鹿にされてはいけない、そんなプレッシャーから彼はああいう自分を演じることになったのだと理解した。
僕は公の場では言われたとおりイーチェンに丁寧に話し、反抗したり反感を買うような態度はとらないようにした。
ただ、家に帰ればいつものイーチェンに戻ってくれたから、一緒に夜ご飯を食べて、通信の学習をして、それからビジネスの話をして過ごしている。イーチェンは僕を誘拐した日以来特に何もしてこなかったから僕は少しほっとしていた。
唯一の不満は常に位置情報システムのついたブレスレットを着けることを強要されているのと、部屋に監視カメラがついていて常に監視が入ること。これだけは苦痛だった。
「そういえば、チャーリーズの件なんだが。」
「うん?」
「セルと久しぶりに連絡をとったんだ。ちゃんと店長代理が仕事をしてくれているらしく、どちらの店も順調に利益をだしているそうだ。それから、お前が提案していた朝のサービスを取り入れてみたところ、珍しさもあり朝の客の回転率があがったらしい。」
「それは良かった。セルは元気?」
「ああ、俺の事を物凄く怒っていたが、まあ、お前が元気に楽しく過ごしていると伝えたら安心していた。ニコライ大統領も経過も良く、今年中に国へ帰れそうだと言っていたぞ。」
「良かったー!そういえばさ、お願いがあるんだけど。」
「なんだ?」
「クリスマスはスモーランドに帰国させて貰えない?クリスマスだけは特別なんだ。」
「…悪いが今回は許可してやれない。」
「…クリスマスなのに?」
「お前がおかしな真似をしないとも限らないからな。」
「…まだ信用ないね。」
「お互い様だ。」
「イーチェンの馬鹿。」
僕はイーチェンから顔を背けた。
「仕方ないだろ?お前を逃がす機会を敢えて今作れる訳がない。」
「逃げないのに。」
「その変わりと言ってはなんだが…明日ゲストが来る事になった。」
「ゲスト…?」
「あぁ、俺とお前の将来に必要な人物だ。」
誰なのそれ…?
次の日、仕事を終えて食堂に行くとまさかの人物がそこにいた。
「ニコちゃん…。」
「やっ!久しぶり、元気にしてた?」
僕はニコちゃんを抱き締めた。
「それはこっちのセリフだよ、こんな所まで来て大丈夫だったの?」
「うん、一時外出の許可がでたからウェイに連絡してこちらにこさせてもらったんだよ。」
「社長に?」
「そう。イーチェンに何度連絡しても書面を送れの一点張りで埒が明かないからね、親の方に連絡したんだ。」
「ニコちゃん、死にかけたんだって?」
「ウェイ、君のところの開発中の薬の人体実験になってあげたんだよ。良く効いたから、また儲けられるね。」
「それはよかった!」
…楽しそうだな。きわどい会話してるけど。
「ウェイ、君の息子は僕の娘を勝手に誘拐して連れてきてしまった訳だけど、君はどう思っているの?」
「どうもこうも、君と私は旧知の仲だろ?君は私を信用してくれると思ったし、イーチェンも、連れて来る方法は確かに問題だったかもしれないがリネアにはちゃんとした生活をさせているぞ?」
「…うちも彼女がいないと色々困るんだけど、いつ返してくれる訳?」
「…リネアは返しません。婚約させてください。」
「…イーチェン…、そのやり方には少し無理がない?」
だよね、さすがに強引すぎるよね…。
「ニコライ大統領は、リネアの相手にミハイルを望んでいますよね?」
「…僕は特に希望はないよ。もうゲームはリネアに取り消されたし、君たち次第じゃない?」
「俺がリネアといる事は、あなたの利益につながると思っています。」
「そうだな。うちと君の家族が身内になったら色々な事ができるにちがいない。」
社長はお酒も入って楽しそうだ。
「…僕も以前ならリネアをイーチェンの婚約者にしてしまっただろう。リー家との繋がりは魅力的だからね。だけど、今は死にかけたのもあるし、僕や家族を救ってくれたリネアに感謝しているから、リネアの気持ちを大切にしたいんだ。」
「ニコちゃん…。」
「リネア、君はどうしたい?」
「私は…。」
私はどうしたいんだろう?
「私は、今は婚約とか結婚はしたくない。」
「…それで?」
「ニコちゃんに何かあったら私はユーラをサポートするつもりだった。だけどニコちゃんが元気になって無事に仕事に復帰できるならユーラも前の生活に戻れるよね?」
「おそらくね。」
「そうしたら私はもう少しこっちにいてみたいと思う。」
「…そうなの?」
「うん、今、この生活がすごく楽しいから。…ただ、イーチェンと今婚約はしたくない。」
「…イーチェン、僕、なんて言っていいかわからないよ。」
「俺も…。」
「はははっ!ニコちゃん、彼女は面白いな。」
社長が楽しそうに笑った。
「まあね。」
「イーチェン、この国ではお前に言い寄る女性ばかりだと言うのにリネアには全く相手にされていないらしいな。」
イーチェンは不満そうな顔をしている。
「なあ、ニコちゃん、彼女はこちらにいたいと言ってるんだ、好きにさせてやったらどうだ?」
「うーん、ただし、フレーデル王国とスモーランドの貿易はどうする?それはちゃんと約束を守ってもらわないと。」
「…社長、私はここに来る前にフレーデル王国とスモーランドの貿易で利益を出していくよう契約しているんです。それもやっていいですか?」
「なるほど。しかし君はそんなにあれこれやれるのか?」
「…契約は契約ですから。」
「…分かった。」
「それから、部屋にある監視カメラとこの腕の位置情報システムをはずして欲しいんです。私は逃げるつもりもないのに落ちつかない。」
僕は腕についているブレスレットを見せた。
「イーチェン、それはちょっとやりすぎじゃない?…ひくよ。」
「そうだな、いくらリネアが好きでも年頃の女性をずっと監視しているのは父もどうかと思う…。」
「こうでもしなかったらリネアはいなくなっていたんだ!」
イーチェンの顔が真っ赤だ。
「イーチェン、私はシアナ共和国の食べ物もこの生活も気に入ってる。逃げる理由がない。不満があるとしたら、イーチェンの婚約者のふりをする事くらいだ。」
「なっ…。」
イーチェンが言葉を失った。
ニコちゃんと社長が気の毒そうな目でイーチェンを見た。
「…。」
とりあえず、僕は今後自由にニコちゃんとコンタクトがとれるようになり、クリスマスもスモーランドに戻れる許可がでた。今後理不尽な事があったら社長に連絡する事になった。
イーチェンは僕に凄く怒っているようで次の日から意地悪モードが続いた。




