ニコちゃんからの連絡
「父上、イーチェンがいなくなりました。リネアを探すと言っていたのですが、寮に戻っている形跡もありません。それから、店からの帰り道にある防犯カメラにイーチェンとリネアが写っていたものがあります。」
私は警察から預かったビデオを父上に見せた。
「リネアとイーチェンだね。…これだけではイーチェンの犯行とは言えないな。しかも飛行機を使って出国していたらもうどうにもならない…。」
リネアがいなくなった2日後の夕方、父上はイーチェンから電話を受けた。
「イーチェン…。まさか君がこんなことをするなんて予想外だったな。」
「あなたの予想を裏切れるなんて嬉しいですね。」
「僕は君をリネアの婚約者にしてもいいと思っていたからレースに参加させたのに、このやり方はズルくないか?」
「そうですか?最初から俺を婚約者にするつもりはなかったでしょう?ミハイルかフリードリヒしか頭になかったはずだ。」
「とりあえず、うちの娘を返してくれない?これは犯罪だよ?」
「返しませんよ。リネアと婚約する事を承諾して下さい。あなたは断れないはずです。うちの家がどんな家か知っているのだから。」
「君の父はなんて?」
「俺がちゃんと跡をついでやることさえやっていれば文句はいいませんよ。リネアは語学も堪能で見た目も悪くないから使い勝手も悪くないでしょう?」
「…まあね。」
「とりあえず逆探知されると面倒なのでもう切ります。リネアはもう戻りません。本人も諦めていますから。ミハイルとフリードリヒにも伝えて下さい。婚約の承諾については書面を送るのでサインをしたら送ってください。」
そう言ってイーチェンは電話を切ったらしい。
「…イーチェンはあの年齢にして相当歪んだ子どもだな。親の育て方が悪い。」
「父上…あなたは言われたくないと思いますよ。」
「とりあえず、リネアは生きている。それについては少し安心した。ただ、誘拐した相手が悪い…。」
「シアナ共和国のイーチェンが住んでいる場所なんか簡単に分かるでしょう?」
「分かってもあの国の性質上、うちと同じで他の国のように国際警察なんか入れないから彼女を取り戻すのは簡単じゃない。あー、ミハイルとフリードリヒに言うのいやだなあ。セルから連絡しておいてよ。」
「私だって嫌ですよ。」
「僕は病人だからさ、ね?」
「父上…。あなたがまいた種じゃないですか。だいたいリネアは大丈夫なんですか?命の危険は心配しなくていいんですか?」
「それはリネアがよっぽどやらかさない限り大丈夫だろう。彼は婚約者にしたい程リネアを気に入ってるいたし、彼女が使えることも分かっている。」
「父上、婚約を承諾する気ですか?」
「…うーん。僕はイーチェンの父とも知り合いだし、リー家は色々問題もあるが世界に影響を与える巨大財閥だしつながりを持っていても悪くないと思っていたからイーチェンをレースに参加させた訳だが…。物凄い反則技を使ってきたしなぁ。」
「犯罪ですよ。」
「まぁリネア次第かな…。彼女がただじっとしているとは思えないから嫌ならそのうち何とか逃げてくるだろうし、もしくはイーチェンとの生活を気に入って帰ってこない可能性がない訳でもない…。」
「何とか取り戻せないんですか?」
「そうだなぁ、少し時間がかかるだろうな。刺客も諜報員もたくさんいるから下手に動けない。外交上おかしなことになるのもまずいし。リネアも脅されているかもしれないしね。」
「そんな…。」
「とりあえず、二人に連絡しよう。まずは難易度が低めの方から。」
父上はそう言ってフリッツに電話をかけた。
「…仕事中?うん、今少し話せる?」
「はい。」
「リネアが、イーチェンに誘拐された。」
「…なんで?」
「話を端折ると、リネアがミハイルと君のどちらを選ぶかを迷っていて、君に会いに行こうとしたんだ。その前にイーチェンに会いに行ったところ、キレたイーチェンが彼女を誘拐してシアナ共和国へ連れていってしまった。」
「…あの馬鹿。何をやってるんだ…。」
「まあ命の心配はないと思うんだけどね、婚約者にするからサインしろと言ってきたし、帰す気もないらしい。」
「やっぱりヤバい奴だったんですね。」
「僕もここまでとは思っていなかったから。」
「あなたの体調はどうなんですか?」
「こんな時に僕の体調?お陰で死なずに済みそうだよ。」
「じゃあそのうち政治に復帰できるんですね。」
「ああ、来年からは戻れそうだよ。」
「それは良かった…。とりあえず、リネアの件は私も考えてみます。これは犯罪行為ですからね。また連絡します。」
「…分かった。申し訳ないね、君の恋人をこんな目に合わせてしまって。」
「人を信用しすぎる本人にも問題があるし、放し飼いにしていた私にも責任がある。まあ、リネアなら大丈夫でしょう。これくらいの事でへこたれるような奴じゃないし。ただ、婚約のサインはしないでください。後々面倒だ。」
「君は諦める気はないみたいだね?」
「全く。ミハイルに浮気した事については思い切り腹を立てていますが。…では、失礼します。」
「…フリッツはなんて?」
「うーん…。僕が女なら惚れるなぁ。」
「いきなりなんですか?気持ち悪い。」
「さて、次は最難関だ。めちゃくちゃ気が重い。」
父上は兄上に電話をする。
「…あ、ミハイル?あのさ、リネアがイーチェンに誘拐された。今シアナ共和国にいる。」
「…意味がわかりません。」
「僕だってわからないんだよ。フリードリヒに会いに行く前にイーチェンに会いにいって、君とリスラ共和国にいる可能性を知った彼が逆上したんだと思う。」
「…どうして一人でいかせたんですか?」
「ごめん、うっかりしていたよ。」
「うっかりにも程がある。あり得ない…。」
その後父上は兄上に延々と叱責され続けた。
「はー…。やっと終わった。フリードリヒとは大違いのしつこさだ。」
「兄上が普通ですよ。」
「面白くなってきたよね。ちょっとワクワクしてきた。」
「え?」
「だってさ、イーチェンにも可能性がでてきて、いよいよレースが読めなくなってきたじゃないか。」
「もうレースはやめたんですよね?」
「でも、また始まっちゃったよね?」
「あの二人がどう動くか見物だな。うん、早く病気を治して観戦を楽しもう。君はどうするの?」
「私はもう参加しません。誘拐する異常さも、誘拐されて平然としている気丈さも、延々と叱責するしつこさも持ち合わせていませんから、私も観戦側に回ります。」
「いいの?」
「彼女が身内になった事は変わりませんから。」
「そう、じゃあ一緒に楽しもうか。」




