誘拐 2
目が覚めると僕は海の上にいた。
シアナ語が聞こえる。船に揺られて気持ち悪い。
船室からデッキにでると、チャーリーズで働いていたミオンとリンが僕に声をかけてきた。
「二人とも…?」
「リネア、あなた、やっぱりイーチェン様に気に入られてしまったのね。」
「どういう事?イーチェン様って…。」
「…だって彼はリー家の次期当主ですもの。誰も彼に逆らう事なんてできないのよ。残念だけどあなたはもう自分の国に戻るのを諦めるしかないわね。」
「私はどこへ行くの?」
「シアナ共和国へ行くのよ。」
「えっ?!私はシアナ共和国へ行くの?!」
「そうよ、もうイーチェン様が決めたの。」
「で、そのイーチェン様はどこにいる訳?」
「まだエンゲル王国にいるわ。」
「なんで?」
「先に行くよう言われたの。あなたはイーチェン様の婚約者になる方だからくれぐれも粗相がないよう言われているわ。」
「…なんだそれ。」
イーチェンの奴、滅茶苦茶だ。これは誘拐じゃないか。
しかし、どうやって連絡をとればよいか…。このままでは間違いなくシアナ共和国に連れて行かれてしまうだろう。
連れていかれてからどうやって逃げるかが問題だな。
「ねえミオン、聞いていい?」
「私に答えられる事なら。」
「イーチェンてどんな人?」
「イーチェン様は…」
「ミオン!」
リンが答えを遮った。
…この船でイーチェンの事を話すのはやめておいた方が良さそうだ。しかし苦手な船でシアナ共和国まで行くのか?船酔いに耐えられるだろうか?
その日の夜、船はどこかの港へよると僕は手錠をかけられ目隠しをして移動させられた。
目隠しを外すと僕は飛行機に乗っていて、見慣れた人がそこにいた。
「イーチェン…。」
「船旅はどうだった?」
イーチェンが僕の隣に座った。
「船は苦手だったから飛行機に乗り換えられてありがたいよ。」
「船では時間がかかりすぎてそのうち誰かに見つかるからな。」
「イーチェン、これは誘拐だよ、君のしている事は犯罪だ。」
「それで?」
「それでって…。こんなのあり得ないよ。」
「お前は俺の家が普通じゃないのは知ってるはずだろ?」
「だからって…。」
「俺の婚約者になれば好きなだけ贅沢もできるしお前が望む外交やビジネスの仕事もできる。悪い話じゃないだろう?」
「まあ話しは悪くはない。だけどやり方が気に入らない。」
「お前が気に入るかどうかなんて俺には関係ない。」
「…私はイーチェンの婚約者にはならないよ。誘拐犯となんかお断り…」
イーチェンが僕にキスをする。手錠をかけられたまま足を押さえつけてきたから身動きが取れない。この野郎…。
僕はイーチェンの唇を噛んだ。
「…っ。」
イーチェンの唇から血がでた瞬間今度はイーチェンが僕の唇を噛んできた。
「…最低だな。見損なったよ。友人だと思っていたのに。」
「俺は友人だなんて思ってなかったぞ?ミハイルもセルもお前の事もな。」
「君は寂しい人なんだね。」
僕がそう言った瞬間イーチェンが僕の頬をたたいて僕の上に馬乗りになった。
マジか…。
「どっちの立場が上か、シアナ共和国についたらじっくり分からせてやる。お前がそんな口を聞けるのはここまでだ。」
こいつは…ヤバい。
フリッツと少し似てるなんてどうしてそんなふうに思ったりしたんだ?
イーチェンは本気でヤバい奴だ。
「俺はシアナ共和国の裏社会の人間だから、お前の常識なんて通用しないんだ。分かったか?お前が大切にしている人間を守りたいのなら俺の言うことをきくしかない。言ってる意味分かるよな?」
「誰の事を言ってるの?」
「スモーランドにいるお前の両親なんか簡単に狙えるだろうな。」
次は脅迫か。もう余計な事を言うのはやめよう。飛行機のなかで犯されたらたまらない。
まずはある程度合わせて様子を見ながら逃げる機会をうかがうしかないようだ。
それにしても、目の前のこの男があのイーチェンだなんて僕は悪い夢でも見ているみたいだ。夢ならよかったのに…。
「聞いていい?」
「何だ?」
「イーチェンは何をしに、エンゲル王国へ来ていたの?」
「お前には関係ない。」
「…そうだね。確かに。」
僕はイーチェンから顔を背けた。
「…。悪いが、今は言えない。」
「…。イーチェン、シアナ共和国についたらずっとその意地悪モードな訳?もう私の知ってるイーチェンには会えないの?」
「言っただろ?あれは本当の俺じゃないって。」
「私にとってはあれがイーチェンだもん。こんな意地悪で威張った人は知らないし、こんなイーチェンなら口もききたくないからね。」
「…それは困るな。」
イーチェンが少し困っている。完全にあっちが素という訳でもなさそうだ。
「俺だって本当はこんな事をしたかったんじゃない。だけどお前はこうでもしなかったら俺の事を永遠に友人としか見てくれないじゃないか。俺はお前と一緒に色々な事をするのを楽しみにしていたのにお前はいつもフリードリヒかミハイルの事ばかりだ。」
「…ごめん。」
「謝るな。俺は今まで女にこんなふうに扱われた事もないし、他の奴から奪ってやりたいと思ったのは初めてだ。あのレースだって結局はミハイルに有利な条件ばかりだし、ニコライ大統領はフリードリヒを認めていたから結局は俺とセルは当て馬みたいなものだろう。くだらないゲームだ。」
「じゃあ何故参加したの?」
「しない理由もない。」
「…まあ早食いにでるような人だもんね。競う事が好きなのかな?」
「そうだな、嫌いじゃない。相手を出し抜くのも負けた相手を見るのもな。」
…悪そうな顔して…。
「…とりあえずシアナ共和国についてからの話をしたい。」
「…お前は誘拐された身分で犯人と交渉するつもりか?自分の状況がわかっているのか?」
「わかっているから話をするんだよ。それとも犯人とは話しもできないの?」
「そんな事はない。ただしさっきみたいに俺の気にさわる事を言ったら許さないからな。」
「分かったよ。とりあえず手錠は外してよ、逃げたりしないから。」
「分かった。」




