それぞれの想い
私は夜明けまでゲームをした後セルゲイに呼び出された。
彼が私を呼び出すなんて珍しい。
別荘の庭は手入れが行き届いていてたくさんのバラが美しく咲いていた。
「こんな所に別荘があったなんて、初めて知りました。」
「私も幼少の時に一度だけ来たことがあるくらいだよ。」
「…兄上、もうやめませんか?」
「…何を?」
「リネアを、私たちに巻き込む事を…。彼女は本来ここにいる必要も、レナートやマルク、父上の世話をする必要のない人なんです。父上のわがままから養子になりましたが、それ自体おかしな話です。」
「…セルゲイ…。」
「私はリネアと変わってリスラ共和国へ戻り自分の弟たちの世話と父上や兄上のサポートをしたいと思います。私は大統領や国王に、なれる器ではないですがサポートならできるかと…。」
「…リネアと離れてもいいと?」
「…嫌ですよ。だけど彼女をこれ以上利用するのはもっと嫌なんです。私はリネアが好きです。家族としても、女性としても大切な人なんです。だから、彼女が望むよう自由にしてあげたいと思います。」
セルゲイがこんなふうに思っていたなんて正直意外だった。
彼はリネアに会って本当に変わった。
「…今彼女がいなくなったら、色々な意味で困る。」
「…では状況に応じて解放してあげてください。兄上、リネアはフリッツと一緒にいることを望んでいます。私はもうそれでいいと思っています。」
「…私は嫌だ。少しずつリネアとの距離が縮まって来たのに、しかも婚約できる可能性がかなり高くなったのに、どうして自分からそんな事を言う必要が…?」
「リネアが望んでいないのに、彼女の親切心や責任感を利用した婚約があなたの望んでいるあり方ではないはずです。彼女が兄上を好きで一緒になりたいと言うのなら分かります。でもこの状況を利用するのは卑怯です。」
…セルゲイの言うことが尤もすぎて言い返す事ができなかった。
リネアは、私が頼めば婚約に応じてくれるだろう。彼女はそういう人だ。
だけど、セルゲイの言うとおりそれは私が望むやり方ではなかった。
私は…どうするべきなのだろう?
今更リネアを諦めるなんて選択をしたくはない…。
◇◇◇
私は朝食の後、次にリネアを呼びだし二人で屋敷の庭を歩いた。
「まさかこんな事になるなんてね…。」
「リネア…。考えたんだけど君がうちの父親の問題に巻き込まれる必要はない。私がリスラ共和国に戻って自分の弟たちや父の面倒を見れば済む話なんだ。だから君はエンゲル王国へ戻って店やスクールに通うべきだ。」
「セル…。私は巻き込まれたなんて思ってないよ。私はセルにバレエを続けてほしい。お店は最悪、株をイーチェンに譲渡してしまえば済む話だ。家族の幸せはお金をいくらつんでもかえってこないんだよ?それにセルは今が頑張り時だよね?」
この人はなんて心の広い人なんだ…?
「…だけど…。」
「…大丈夫、ニコちゃんはきっと元気になる。だから、セルはエンゲル王国に先に戻って。」
リネアは僕の目を見てはっきり言った。
「今途中でバレエをやめたら許さない。絶対に駄目だよ。ニコちゃんもそんな事は望んでいない。それにマルクもレナートも私といたがってる。セルは必要ない。」
僕は彼女の優しさに涙があふれてきた。
「私のわがままを許してくれるの?君に甘えてもいいの?」
「うん。それが私の願いでもあるから。その代わり店も頼むよ?」
「リネア…。何かあったら連絡して。店も頑張るから。君がいつ戻ってきてもいいように。」
「うん。スクールには休学届けを出すよ。またいつか一緒に通いたいね。」
リネアが私を抱き締めた。
「頑張るんだよ、セル。」
「父上と弟をよろしくお願いします。」
「うん、セルも…。」
リネアに申し訳ない気持ちでいっぱいだったが私は先にエンゲル王国へ戻った。イーチェンが何て言うだろうか…。リネアが戻らなくてがっかりするに違いない。
◇◇◇
僕が部屋へ戻ろうとすると今度はユーラに呼び止められた。
「…部屋で話せる?」
「いいよ?」
ユーラの部屋へ入るとユーラがすぐカフェオレを出してくれた。
「…君は卑怯な私に怒ってる?」
「…まあユーラらしいというか…。」
「君の意志を無視してあんな条件をつけるなんて…嫌な奴だろう?」
「ユーラ、…ニコちゃんは本当はもう精密検査を受けたんじゃないの?」
「…。ああ。ここへ来る前に専属の医師に確認してきた。あちこちに転移がみられたらしい。本人も分かっている。来月から集中治療に入るらしい。多分…しばらく復帰は難しいだろう。」
「…半年後の復帰は無理だろうね。」
「…無理だろうね。」
「…治って欲しいな。」
「…治るよ、憎まれっ子世にはばかるっていうだろう?」
「そうだね。」
ユーラも私も気づいたら涙が溢れていた。
「あんなに苦手だった父がいなくなったらと思うと…辛くてたまらない。」
「大丈夫。きっと治るから…。」
僕はユーラの涙をぬぐって彼を抱き締めた。
ユーラが震えている。
「ユーラ、泣いてる暇はないはずだ。さっさと戻って仕事をしなきゃ。私たちも一緒に戻るよ。」
「君がいてくれて本当に心強いよ。」
「ユーラ…どうやって王政に変えるの?」
「父は国民投票で決めるつもりみたい。だからまだどうなるか分からないけどね。」
「もう答えはでてるよ。ユーラは皇太子になるんだ。」
「…気が重い。」
「似合いすぎて笑える。」
ユーラが僕の頬をつねった。
「他人事だと思ってる?」
「思ってないよ。」
僕はユーラの頭を撫でた。
「…リネア、ごめんね?」
「…謝るのはまだ早い。私はニコちゃんが回復するのを信じてる。」
「そうだね。父が助かって君が私の婚約者になってくれたら一番なんだけど。」
「…ノーコメントだ。」
ユーラが少し笑った。
僕はセルやユーラに強気で言ってみたものの、スモーランドやフレーデル王国との取引の仕事もある。僕は彼らの世話をしながらスクールにも通って、そんなに色々やれるのだろうか?
このままニコちゃんが回復しなかったらどうなるのだろう?
それに、ユーラとの婚約の可能性をフリッツに伝えるべきなんだろうか?
そもそも僕に皇太子妃が勤まるのか疑問だ。状況によってはいきなり王妃になる可能性もある訳で…。今は全く想像もできない。
考えれば考える程気が重くなる。
とりあえず考えても仕方のない事はいったん考えずに、今は僕はレナートとマルクの教育、それからニコちゃんやユーラのサポートに集中しよう。
「…リネア、どうしたの?難しい顔をして。」
「…なんでもないよマルク。」
「リネア、せっかくランク王国へ来たのだから帰国前に少しだけ観光をしていかない?君も初めてだって聞いたしマルク達にも見せてあげたいんだ。」
「そうだね、大丈夫?」
「うん、馬車で移動すれば大丈夫。」
初めてのランク王国の街。古い建物の街並みが美しかった。有名なブランドの店やレストランがいくつも見える。
「せっかくだから少し馬車を降りて観光してランク料理でも食べて行こうか。」
「やったー!」
僕とユーラの心配をよそにニコちゃんは2人の子どもと楽しそうにしていた。
初めての美しい街並みも美味しい食事も満喫できたとは言い難かったけどマルクとレナートが喜んでいたから良かった。
帰国した僕はさっそくスクールの手続きをして、リスラ語の家庭教師もつけてもらった。
ユーラとニコちゃんははすぐに仕事にもどり王政に変える為の準備を始めた。




