第3話 初手チェスト、それは最速の戦術
慶長五年(1600年)九月十五日、午前八時――関ヶ原。
濃い霧がゆっくりと晴れ、東西両軍の先陣が激突した。
宇喜多秀家の陣から上がった開戦の銃声を合図に、関ヶ原は一瞬で地獄の戦場と化す。
だが、その最前線で、東軍の猛将・福島正則は己の目を疑っていた。
「……おい、何じゃあありゃあ。島津が、こっちへ向かってきとるか……?」
本来の歴史なら、石田三成の無礼な使者に激怒し、自陣に引きこもってピクリとも動かないはずの島津軍。
だが、正則の視線の先にいる島津の軍勢は、引きこもるどころか、すでにこちらに向かって最高速度で爆走してきていた
島津の本陣。
そこでは、かつて現代でベンチャー企業を狂気的なブラック労働で急成長させ、最後は過労で力尽きた元CEOの魂を持つ男――島津義弘が、ギラついた目で全軍を指揮していた。
「おい、お前ら! ぬっく(温く)なった準備運動は終いじゃ! ビジネスも戦も、初手のシェア(市場)奪取がすべてをごわす!」
義弘が放つ圧倒的な「圧」に、薩摩の精鋭たちも気圧されている。
「石田の三成殿が挨拶に来んだの、無礼だの、そげんこっでガタガタぬかすな! 感情で動く奴は三流の平社員じゃ! 目の前の徳川っていう競合他社をブチ潰して、島津が天下の最高経営責任者(CEO)になるッ! それだけを考えよ!」
「お、おお……!?」
島津の兵たちは戸惑いつつも、義弘のあまりの迫力に、胸から熱いものが込み上げてくるのを感じていた。
「敵の先陣は福島正則! あいつは脳みそまで筋肉の『脳筋』じゃ! 捨て身の『島津の引口(のきぐち:敵中突破の決死戦)』を、生き残るために最後にやるなど、効率が悪すぎるごわす! 最初から! フルパワーでぶちかますのが、我が社のコアコンピタンス(核となる強み)じゃーーーッ!!」義弘は愛刀をバッと引き抜き、関ヶ原の空に向けて吼えた。「おい薩摩ん隼人ども! 敵の頭、福島正則ん首を、いの一番にぶっ叩き割る(ぶったっ割る)ぞ! 全軍、チェストォォォーーーッッ!!」
「「「「チェ、チェストォォォォォーーーーッッ!!!!」」」」
一千五百の薩摩隼人。
それは、本来なら戦いの終盤に家康の本陣を突き抜けて逃げ去った、世界最強の狂戦士集団である。
その「世界最強の必殺技」を、開戦と同時に、一切の手加減なしでブチかまされたのだ。
「おいおいおいおい! 待て待て待て!!」
正面から突っ込んでくる島津の狂気を見て、福島正則は顔面を蒼白にしていた。
島津の兵たちは、防御など一切考えていない。
全員が凄まじい形相で、銃弾の嵐を潜り抜けながら、ただ「敵の首」だけを求めて疾走してくる。
「何なんだあいつらは! いつもの島津と違う! 完全に狂っておる!」
「チェストォォォーーーッ!!」
先頭を走る島津の精鋭が、福島軍の最前列に突っ込んだ。
島津の伝統芸能「捨てがまり」並みの殺意をまとった突撃が、開戦直後の福島陣を完全に粉砕する。
盾も、槍の壁も、薩摩隼人の凄まじい一撃の前には紙切れ同然だった。
「福島正則! お前の首、我が社が買収するごわす!」
義弘自身も大太刀を振り回し、鬼神の如き強さで福島軍をなぎ倒していく。
「ひっ、ひいいいっ! 先陣が崩れる! 助けを、家康殿に助けを求めよーーーっ!!」
開戦からわずか数十分。
東軍の絶対的な切り込み隊長であった福島正則の陣は、初手からフルスロットルで突撃してきた島津軍によって、跡形もなく蹂躙されようとしていた。
その光景を本陣から見ていた徳川家康は、持っていた扇子をガタガタと震わせた。
「な……何じゃ、あの島津は……! いつもの、へそ曲がりの島津はどこへ行ったのだ……!?」
家康の背筋に、生まれて初めての「冷たい戦慄」が走り抜けた。




