第15話 北政所
慶長六年(1601年)冬――京都・高台院屋敷。
「……なるほど。豊臣の商標価値を観光資源として収益化し、淀殿たちの『承認欲求』を満たしつつ政治から排除したわけか。毛利、あんた本当にえげつないお人やねぇ」
囲炉裏の傍らで、温かいお茶をすすりながら不敵に微笑む女性がいた。
豊臣秀吉の正室であり、今は出家して高台院と名乗る、歴史に名高い知性派――北政所である。
彼女の目の前には、新生・日本経営(仮)の最高戦略責任者(CSO)毛利輝元と、実務担当の小早川秀秋が平伏していた。
歴史上、ねねは関ヶ原の戦いで東軍(徳川家康)を裏で支援したとされる。
なぜなら、石田三成が嫌いだったことと、豊臣家が淀殿と秀頼のものになっていくのが許せなかったからだ。
しかし、今の彼女の前には、三成ではなく「現代知識を持つガチ勢」が座っている。
「いやぁ、高台院さまには敵いませんよ」
輝元は苦笑いしながら、1冊の分厚い『中間決算報告書(帳簿)』を差し出した。
「高台院様が裏で東軍(家康)を支持してたの、全部お見通しでした。でも、家康を支持したのは『豊臣家』を守るための危険回避でしょ? だから、家康が退場した今、貴女に新しいポストを用意したんだ」
「新しいポスト?」
ねねが片方の眉を上げる。
すかさず小早川秀秋が、爽やかなビジネススマイルで『投資信託契約書』を滑り込ませた。
「はい。高台院様には、我が社の新部門――『豊臣育英・慈善信託ファンド』の最高経営責任者(CEO)に就任していただきます」
「ふぁんど……?」
聞き慣れない現代語に、ねねが首を傾げる。
「簡単に言うと、高台院様の圧倒的な『人望』と『資金力』を使った、未来の人材育成事業です」秀秋はペンで資料を指しながら熱弁した。
「高台院様はかつて、加藤清正や福島正則、黒田長政など、数々の名将を幼少期から育て上げた『日本最強の育成ママ』です。その圧倒的な育成経験値を、これからの新時代のために使ってほしいんです。日本全国から身分を問わず優秀な子供たちを集め、現代の科学、経済、語学 南蛮語を叩き込む『豊臣グローバルアカデミー(学校)』を京都に設立します。その運営資金として、徳川の没収資産から莫大な資金を高台院様に一任します」
ねねが片方の眉を上げる。
すかさず小早川秀秋が、爽やかなビジネススマイルで『投資信託契約書』を滑り込ませた。
ねねの瞳が、かつて豊臣家を裏から支えた知性派の輝きを取り戻す。
「……つまり、私はもう淀殿のわがままに付き合う必要もなく、自分の手で『新しい時代の秀吉(天下人)』を何人も育てていい、ということかい?」
「そういうことです。それに、貴女が毛嫌いしてた石田三成ですが、彼は今、大坂の本社でただの『コンプライアンス(法度)室長』として、毎日山のような書類仕事に追われてベソをかいてます。政治の実権は一切ありません。貴女の可愛い育ての子供たち(清正や正則)は、島津の社長と一緒に海外で大暴れして、毎日元気に『チェスト!』って叫んでますよ」
輝元の言葉を聞いた瞬間、ねねは「プッ」と吹き出し、それから鈴を転がすように大笑いした。
「アハハハハ! 三成があくせく書類仕事をして、清正たちが海の向こうで暴れ回っとるんかい! それは最高やね! 家康の狸に天下をあげるより、よっぽど面白いわ!」
高台院はすっきりと笑い飛ばすと、秀秋が差し出した契約書に、迷うことなく「高台院」の署名を叩きつけた。
「よっしゃ、乗ったわ。その『高台院基金』、私が責任を持って世界一の組織にしたる。南蛮の学問でも何でも持ってきなさい。私の育てた子供たちが、今度は世界をひっくり返すところを見せてあげるわ」
元・天下人の妻の覚悟とモチベーションは、3人の転生者の想像をも超えていた。
こうして、北政所ねねは「豊臣の未亡人」という古い殻を脱ぎ捨て、日本初の「教育ファンド・トップ」として覚醒した。
彼女が育てる新時代の若者たちが、数年後、世界を驚愕させるエリート集団となることを、まだ誰も知らない。
「……よし、高台院様の囲い込みも完璧だ」
屋敷を出た輝元と秀秋は、京都の冬空の下でグッと拳を握りしめた。
国内の不発弾はこれで本当に、1つ残らず処理されたのである。




