第14話 その後の豊臣家
慶長六年(1601年)秋――大坂城・本丸御殿。
「……ん? あれ、私の仕事は?」
豊臣家の若き主、豊臣秀頼は、豪華絢爛な玉座の上で首を傾げていた。
隣に座る母・淀殿もまた、高級な着物の袖を弄びながら、手持ち無沙汰そうに大広間を見渡している。
本来の歴史であれば、関ヶ原の戦いのあと、徳川家康によって領地を220万石から65万石へとガッツリ削られ、一地方大名へと転落していくはずだった豊臣家。
だが、今の豊臣家は、領地を1石も削られていなかった。
それどころか、大坂城周辺の直轄地はそのまま、日本全国の関所流通改革による莫大な通行税まで転がり込み、歴史上最高レベルに金を持っていた。
しかし、決定的な「異常事態」が一つだけあった。
政治のトップであるはずの秀頼のもとに、決裁を求める書状が1枚も届かないのである。
「当然でしょ。豊臣家はすでに『経営権のない名誉会長(大株主)』だからね」
大坂城のオフィス棟(旧・西の丸)で、最高戦略責任者(CSO)の毛利輝元は、冷やし甘酒をストローで吸いながらあっさりと言い放った。
その前には、豊臣家の家老である片桐且元が、真っ青な顔で震えている。
「け、経営権のない、名誉会長……!? 輝元殿、それは一体どういうことにございますか! 我が若君である秀頼公こそ、この豊臣政権のトップ……!」
「違うよ、且元殿。時代は変わったんだ」
実務担当の小早川秀秋が、コンプライアンス(法度)の書類を差し出しながら、爽やかに言葉を挟む。
「かつての太閤(秀吉)様のような『独裁経営』は、トップが死んだ瞬間に組織が崩壊するバグだらけのシステムです。なので、我々転生者トリオで『ジャパン・コーポレーション(日本国)』というホールディングス(持株会社)を作りました。豊臣家には、その『筆頭株主』として、働かずに配当金(年貢)だけをガッポリ受け取る権利をあげます。その代わり、現場の政治(経営権)には1ミリも口を出さないでください。いわゆる所有と経営の分離です」
「は、働かずに……金だけを……?」
且元は困惑した。戦国武将にとって、領地を削られずに金をもらえるのは破格の待遇だが、同時に「実権を完璧に奪われた」ことを意味していた。
「そう。豊臣家を潰すと、これまた豊臣恩顧の大名が暴れて治安維持費用対効果がかかるからね。生かさず殺さずじゃなくて、『金だけあげて名誉職にする』。これが一番コスパがいいんだよ。淀殿も、予算(お小遣い)さえ潤沢にあげとけば、毎日大坂城で豪遊して満足してくれるしさ」
輝元はニヤリと笑い、現代の「エンタメビジネス」の資料を且元に突きつけた。
「というわけで、秀頼様には明日から『新規事業』のシンボル(広告塔)になってもらうから」
「し、新規事業……?」
「うん。豊臣家の圧倒的な知名度を使った、観光・エンタメ・文化育成のグローバル事業。名付けて『豊臣エンターテインメント』の設立だ」
数日後。現代知識のノウハウを投入され、大坂城下はとんでもない変貌を遂げていた。豊臣家が持つ圧倒的な資金力をつぎ込み、城下町は二十四時間眠らない「巨大観光都市」へとリブート(再開発)されたのだ。出雲阿国をヘッドハンティングして立ち上げた「豊臣歌劇団(エンタメ部門)」は、毎日超満員。
さらには、海外から仕入れた珍しい動物を集めた「大坂御免動物園」や、日本全国の美味いものが集まる「フードコート(天下の台所)」が整備され、日本中、果ては南蛮からも観光客が押し寄せ、豊臣家に莫大な外貨(観光収入)をもたらしていた。
「母上! 見てください、今日も私の名前が入ったお土産が完売いたしました!」
「まあ、秀頼。素晴らしいこと。徳川とかいう狸に怯えていた日々が嘘のようですね。毎日がお祭りのようで、私は本当に幸せです!」
大坂城の天守閣から、活気あふれる城下町を見下ろしながら、秀頼と淀殿は満面の笑みを浮かべていた。
本来なら、十数年後に「大坂の陣」で徳川に攻め滅ぼされ、炎の中で自害するはずだった豊臣家。
しかし彼らは今、3人の転生者によって政治という「命がけのデスゲーム」から完全に隔離され、日本最大の「エンタメ王国の主」として、これ以上ないほど平和でホワイトな成金ライフを謳歌していた。
「よーし、豊臣ブランドのマネタイズ(収益化)も大成功だね」
遠くからその様子を眺め、満足そうに頷く輝元、秀秋、そして島津義弘。
戦国時代の呪縛から解き放たれた豊臣家は、形を変えて、新時代の大坂にさんざめく栄華を誇り続けるのだった。




