第13話 居酒屋「さわ山」の夜
一軒の居酒屋。
「……あ。兄上、お疲れ様です……」
店の奥座敷。
ボロボロの書類カバン(風の風呂敷)を抱え、疲れ切った顔で頭を下げたのは、徳川秀忠である。
かつては徳川家の次期後継者として、約束された勝利のレールを歩んでいたはずの三男。
しかし関ヶ原の大遅刻をきっかけに、今や新生・日本経営(仮)の「総務部・平社員」へと叩き落とされていた。
「おう、秀忠。仕事は終わったか。まあ座れ」
迎えたのは、二代将軍にして関東支社長の結城秀康。
秀康もまた、昼間は大坂本社(毛利輝元)からの無茶振りと、現場(島津義弘)の暴走、さらには駿府の隠居(家康)の盆栽費カットに追われ、精神的限界を迎えていた。
不遇の次男(将軍)と、没落の三男(平社員)。今や立場は真逆になった徳川家の兄弟だが、この狂気的な「転生者たちの新時代」に振り回される被害者同盟として、彼らは夜な夜なこうして愚痴をこぼし合っていた。
「……とりあえず、冷やし甘酒を二つ」
秀康が店員に注文を通すと、秀忠はガタガタと震えながら机に突っ伏した。
「兄上、もう無理です……。僕の上司の石田室長、本当に人間じゃないです。昨日なんて、僕が提出した報告書のフォント(筆跡)がほんの少し乱れてるってだけで、『君の仕事はコスト意識が低すぎる。万死に値する』って、一晩中ネチネチとパワハラ(説教)されて……」
「ああ、あのコンプライアンス室長か。あの人は現代の『元・超効率主義の官僚』の魂が入ってるらしいからな。一切の手抜きを許さないんだろ」
「それだけじゃないんです! 今日なんて、僕がエクセル(帳簿)の計算をちょっと間違えたら、隣の席の大谷吉継さんが優しく『まあ、次は気をつけようね』ってフォローしてくれたのに、三成室長は『吉継、お主が甘やかすからこいつの生産性が下がるんだ』って怒り出して……。見てるこっちの胃が千切れそうでした……」
秀忠の目からポロポロと涙がこぼれ落ちる。
関ヶ原で遅刻しただけの普通の戦国武将にとって、現代のブラック企業並みのスピード感と効率を求める三成のしごきは、もはや精神的拷問に近かった。
「まあ、気にするな秀忠。お前はよく耐えてるよ」
秀康は弟のグラスに甘酒を注ぎ、自らも一気に飲み干した。
「俺だって毎日地獄だぞ。今日も大坂本社の輝元先輩から『関東の石高をちょっと削って、伊達政宗の海外進出予算(外貨)に回しといて。あ、来週までにね』って軽いノリで言われたんだ」
「来週までに!? 無茶苦茶です……!」
「だろ? その上、現場には島津の社長が乱入してきて、江戸城の訓練場を『チェストー!』って言いながら大太刀で破壊していくんだぞ? 壊された木柵の修繕費、どこから出すと思ってるんだ。全部俺のポケットマネー(将軍の交際費)だぞ」
兄弟は同時に深い、深いため息をついた。
秀忠が涙を拭い、ぽつりと言った。
「僕、今の生活、ちょっとだけ感謝してるんです」
「ん? 三成に毎日怒鳴られてるのにか?」
「はい。だって……もしあの関ヶ原で父上が勝って、僕が予定通り『二代将軍』になっていたら、僕、プレッシャーで絶対に押し潰されてました。今の兄上の仕事量を見てると、僕にはとてもあんな経営(政治)はできません。それに、今の石田室長の下で働いてから、僕、ものすごく書類仕事(内政)が早くなったんです」
「秀忠……」
秀康は目を見開いた。
秀忠は関ヶ原の遅刻で無能扱いされがちだが、本来は生真面目で実務能力が高い男だ。
現代知識のスパルタ教育によって、彼は「最強の事務官僚」として急速に覚醒しつつあった。
「そうか。お前が前向きなら、俺も頑張らないとな」秀康は微笑み、弟の肩を叩いた。
「俺たちがここで踏ん張れば、徳川の家名は形を変えて生き残る。父上のように天下を強奪する悪者(悪の組織)にはなれなかったが……新しいホワイトな日本を支える『最強のNO.2(副社長)』にはなれるはずだ」
「はい! 僕、いつか三成室長をアッと言わせる完璧な決算書(帳簿)を作ってみせます!」
夜が更けるまで、兄弟は仕事の愚痴とこれからのキャリアプラン(夢)を語り合った。
3人の転生者たちという「怪物」に振り回されながらも、徳川の若き兄弟は、新時代の荒波をたくましく、そして泥臭く生き抜いていくのだった。




